文句あるか、これが青春だ!







お兄さんに聞いてみよう1


 翼は夏場よりも柔らかく感じる陽光を浴びて、上機嫌で帰路に着いていた。
 午前中の講義しか無いこの日には毎週バイトは入れないと決めていて、午後一杯のんびりと過ごし夕方には夕食の買い物に出かけて、日が落ちてから部活を終えて帰宅する柾輝を待って共に夕食を摂る。何でもない日常の一こまだが、何だかんだと擦れ違いの多い大学生と高校生では、週一回必ず約束された夕食の時間が翼には何よりも楽しみだった。
 降り注ぐ日光に暖められる頬を掠める風が冷やしていくのも気持ちが良く、それがまた夕食の献立を考える為に冷蔵庫の中身をおぼろげに思い出す作業の楽しさにも拍車をかける。
 自然に緩みそうになる口元を引き締めながら、翼はアパートの階段を上る、そして顔を上げて目にした光景に驚いて思わず階段最上段で足を止めた。
「あ、姫(ひぃ)さん。おかえりやすー」
 自分達の部屋の扉の前に、金髪の後輩がブレザーの制服を着たままひらひらと手を振っていた。
「シゲ、何してんだ」
 後輩というのは今では正確ではない、シゲは高校生で翼は大学生なのだから。ただ、中学時代に後輩だったことは事実で、中学から高校にかけてよく遊んだ元後輩は、翼が家を出て若干遠くのアパートに移った今でも付き合いの続いている友人だ。
 普通の高校生はまだ校舎の中でお勉強をしている筈の時間帯に何の前触れも無く現れたシゲに、翼は柄にも無く止めてしまった足を持ち上げ扉を背にしてしゃがんでいるシゲに歩み寄る。
「学校はどうしたよ」
「サボリー」
 翼が近付くのに合わせて立ち上がり傍らに置いた軽そうな鞄を取り上げて扉から一歩下がったシゲは、悪びれもせずに言ってのけた。
 鞄から鍵を取り出しカチャンと軽い音をたてて開錠しながら、翼は取り立ててそれを責めようとは思わなかった。寧ろ、高校に入ってこのどう見ても真面目には見えない男がほぼ皆勤賞で通っている事実の方に驚かされる。
「ふーん。で?何の用」
 長い付き合いではあるけれど二人はそう頻繁に連絡を取る様な仲でもなく、偶に気紛れに連絡をするか若しくは今の様に何の前触れも無く訪ねて来るかだ。
 部屋に入った翼を追って、シゲも何の躊躇も無く後に続く。特別な歓待の言葉など掛ける間柄でもなくて、翼はそのまま振り返らずに自室へ向かう。
 翼と柾輝はそう吹聴することでもないが所謂恋人同士で、まだ高校生の柾輝を翼が保護者役をするという名目の下同棲をしていたが、試験があったりレポート提出があるお互いのプライバシーはあって然るべきだと、アパートにはそれぞれの自室と共有部屋がある。
「ちょお、聞きたいことがあんねんけど」
 履き古したスニーカーを脱ぎ捨てて翼の自室に入ったシゲは、ジャケットを脱ぎ椅子にバサッと掛ける翼を横目に絨毯の引かれていないフローリングの床に腰を下ろす。
 大概寝る時には一緒なので、ベッドはテレビも置いてある共有部屋に一つダブルベッドがあるだけだ。そのお陰で六畳しかない互いの自室もベッドが無い分広く使える。もっとも、喧嘩をした日に使ったり滅多に無い来客の為に使う為、押入れには布団が一組入ってはいるが。
「なに?珍しいな」
 翼はそのまま椅子に腰掛けて、勝手にグレーの座布団を引っ張り出してその上に座るシゲを見下ろすと、シゲは珍しく歯切れ悪く言い淀む。
「何だよ、竜也と喧嘩でもしたのか?」
 シゲのそんな様子が可笑しくて、つい彼が約四ヶ月近くかけて落としたというシゲの幼馴染の綺麗な顔を思い浮かべてからかう様に言うと、シゲはとんでもないといった風にキッと顔を上げる。
「そんなわけないやろ!俺とたつぼんはいつでもラブラブや!!」
「あっそ、だったら何だよ。俺は忙しいんだけど」
 彼にそのラブラブだという水野竜也を語らせると鬱陶しい位長くなるのを知っている翼は、それ以上語らせまいと語尾に被せるようにして切り捨てた。
 さっさと用件を言えと促すとシゲはまたもや暫し躊躇し、そしてやがて意を決した様に口を開いた。
「あんな、男同士のエッチの仕方教えてんか」
 全くの予想外の言葉が飛び出してきて、翼は思わずしげしげと真剣そのものの友人の顔を見下ろし、どうゆあら相手が本気だと見て取ると、何とも間の抜けた声が喉から漏れた。
「・・・はあ?」
 大きな声では言えないが、中学の頃からつるんで色々と遊んできた翼は、シゲの女性遍歴も大体把握している。まるでどこの誰とどんな付き合いをしたかを自慢することで男の価値が決まるのだとでも言うように、互いに幼稚で馬鹿な価値観で遊び歩いていた時期を知っているだけに、よもやそんな質問をされるなど露ほどにも思っていなかったのだ。
 しかしシゲは至極真面目な顔で、頼むといった様に頭を下げてきた。その姿を夢ではないかという心持で眺めながら、翼はまず頭に浮かんできたことを聞いてみた。
「お前、男相手にしたこと無かったっけ」
「無い」
 きっぱりと答えたシゲに、そういう意味で本当に節操の無かった自分に比べてこの友人の性嗜好はごく一般的だったと今更ながら思い出し、翼はシゲがここに来た理由を何となく納得した。
「そうだったっけか・・にしても何、お前らまだしてなかったの?もう何ヶ月経つんだよ」
 シゲが疎遠だった筈の幼馴染をやたらと話題にして自分達にメールを寄越し出したのは今年の春からで、そこから数えればもう半年以上だ。
「今月末で三ヶ月」
 実際シゲが件の幼馴染と正式に付き合い出したのは夏休みも終わりの頃で、そこまでよく粘ったものだと感心する反面、その幼馴染も纏わりつかれるのが嫌でとりあえず承諾したのでは無いかと、翼は実のところ未だに疑っている。
「なあ、普通それッくらいやない?初エッチ」
 どの面下げて普通のお付き合いなんて抜かしやがると思いつつ、こいつが高校生らしいお付き合いとやらをする日が来るとはなぁと翼は妙に感慨深くなる。
「三ヶ月?ふーん・・・倦怠期の時期ってか」
 誰が言い出したのかは知らないが、三のつく周期は恋人同士が倦怠期に陥りやすいという話がある。それをふと思い出して何気無く口にした翼に、シゲは盛大に眉を顰めて抗議してきた。
「そないな一般論はどうでもええねん、俺らはそないなことあらへんの。ただ、そろそろええかなーって思って。今月末たつぼん誕生日やし」
 誕生日に初エッチとは、また可愛らしいことを考える様になったものだ。恋とは人をこうも変えるのかと内心驚愕しつつ、自分も人のことは言えなかったかとシゲを見ていると柾輝と付き合いだした頃の事を思い出して、翼は何だかくすぐったくなる。
 外の穏やかな天気も相まって寛容な気分になった翼は、この可愛い年下の友人の相談に乗ってやろうと身を乗り出し、はたと気付いた。
「でもお前、俺の話でいいわけか?まさか、お前がネコなのかよ」
 シゲの彼氏である水野竜也は、自分と同じ様に見た目とはギャップのある非常に男らしい性格をしていることを翼も承知だが、だからといってベッドでこの友人が組み敷かれている姿というのは何とも想像しがたい。というか、気持ち悪い。
 それを隠しもせず眉根を寄せた翼に、シゲも同じ様な表情をして腕を組む。
「やー、できればそっちは勘弁して欲しいんやけど、たつぼん男前やしなぁ。ヤらして言うたら怒るから、まだその辺は話し合ってないんやけどな。でもまあ、基本事項は聞いておきたいなーて」
「ああ、そういうこと」
 別に具体的に受け入れる方の話を聞きたいというのではなく、基本的に男同士はどうやって上手くセックスするのかということが聞きたいらしいシゲに、翼はおもむろに立ち上がって本棚から数冊本を取り出す。
「竜也がタチってのは想像できるけど、だからってお前がネコなのは嫌だよなー。別に俺が見るわけじゃないんだからいいんだけどさ、やーでも気持ち悪ぃ。でもその辺ちゃんと話しあった方がいいぜ、あいつもお前も元々ノン気だろ」
 取り出した大学の講義で使う数冊の教科書の奥から、翼はまた数冊取り出してそれをシゲに手渡す。
「まあ、参考になるかどうかはワカンネェけど、貸してやる。あとはそうだな・・ローション持ってるか?て無いよな、一本やるわ」
 そう言って寝室の方に消えた翼を見送って手渡された本を見やり、シゲは一瞬硬直した。
 恐らくゲイ雑誌と呼ばれるのであろう雑誌数冊、タイトルと表紙から察するにゲイ小説と思われるもの数冊がそこにあった。
 その存在を話には聞いてはいたが実物を目にしたのは初めてのシゲが固まっていると、何やらボトルを片手に持った翼が部屋に戻って来た。
 そして固まっているシゲに、それらの解説をし始める。
「その雑誌は今一だったな、筋肉ダルマが多くてさ。俺別にそんな筋肉フェチじゃないし、竜也もそういうタイプじゃねぇしなぁ・・でも色々載ってるのは事実だし、嫌なら写真飛ばせよな。小説は、女子高生とかが読むようなBL小説ってんじゃなくて、普通にゲイの人が書いてるやつだからまだ参考になると思うけど。あとこれローションな。丸々やるよ、予備だから」
 差し出されたそれを思わず手を出して受け取って、シゲは両手に溢れた新しい世界の端をやや呆然として眺めた。
 そんな様子のシゲを見下ろして、翼は肩をすくめて笑う。
「とりあえず参考までってとこな、俺の実地体験談はまだお前にゃ早ぇよ。本番できてからまた来いよ、その方が色々教えてやれるから。何なら竜也にも教えてやれるぜ?」
 俺はもうあんなことやそんなことも経験済みだからなと茶化して言うと、シゲは両手の物をぐっと握り締めて叫んだ。
「ありがと、姫さん!俺、頑張るわ!!」
 とりあえず未知の物への驚きを終えたらしいシゲは、持ち前の切り替えの速さと前向きさでその吊り気味の瞳に問い光を湛えた。
「目差せ、たつぼんとの初エッチ!」
「人の部屋で妙なことを口走るな!」
 勢い余ってボトルを突き上げて叫んだシゲの後頭部に拳を振り下ろして、翼はその場に蹲ったシゲに嘆息しながら付け足した。
「それはいいけどよ、お前。負担は絶対受ける側にあるんだからな、もし竜也がそっちを承諾しても無茶はすんな。けど、女扱いしたりもすんなよ?」
 下手すればシゲよりも男らしいのでは無いかと思わせることのある竜也を思い起こして、翼が真面目な声音で忠告すると、痛みを抑えて俯いていた顔を上げてシゲはにっと笑った。
「分かっとるって。俺、男前なたつぼん大好きやもん」
 そして借りた物を鞄に詰め込んで、また報告すると言い残してシゲは駆け出す様にして翼の部屋を後にした。
 自分が興味のあることには異常に研究熱心なシゲのことだから、帰って早速あれらを読むのだろうなと思いながら、散々女相手に甘い台詞を吐いてきた男がまるで幼子が口にする様に”大好き”と言った無邪気な声を耳に残して、翼は思わず苦笑した。
「退行してんじゃねぇの、あいつ」
 しかしそんなシゲの姿は決して不快な物ではなく、翼は柾輝が帰って来たら早速話してやろうと思い、そして準備すべき夕食の献立を再び考え始めた。




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 タチ=攻、ネコ=受です。参考までにゲイサイトを巡っていたところ(何してんだ)、こちらの言葉を使ってることが多かったので。
 翼のレクチャーももっとリアルにしようかと思ったんですが、調べてみると生々しすぎて二次創作のやおいに持ってくるべきではないと思われたので、簡単に(笑。
 でもそんなことよりも注目すべきは、本編(?)書くより先に、シゲと水野がくっつくまでに半年近くかかるという事実が明らかになっている点だ。頑張ったんだね、シゲ(笑。
 そんで計算し直したら、四ヶ月だった・・阿保か自分・・・。