文句あるか、これが青春だ!







麗しき友情・・?


 柾輝はベッドをソファ代わりにして腰掛けてテレビの音量を下げながら、床に腰を下ろしてベッドを背もたれにしている翼をやや呆れた表情で見下ろしている。
 翼は唇に弧を描きながら音の絞られたバラエティ番組を見つめ、片耳には携帯を当てていた。
「あ、俺。今ちょっといいか、あ?んなもん後にしろよ、風呂は逃げねぇよ」
 相手の意向を聞いている様で全く聞いていない自分勝手な台詞を吐く翼の通話相手に同情を覚えつつ、柾輝は楽しくて肩が揺れそうな年上の恋人に聞こえない様に嘆息する。
 柾輝が、夕方竜也が尋ねてきて男同士のセックスの仕方を聞いて行ったと報告した途端翼は何か考え事を始め、風呂から上がって来た時には何とも言えない表情を浮かべていた。強いて言うのなら、悪巧みをしている表情。
 手持ち無沙汰をテレビで誤魔化していた柾輝は、床に座り込んで髪から滴る雫もそのままに携帯を手に取った翼の様子を見て、自分の暇つぶしはまだ続くらしいと少しつまらなかった。
「あのさ、竜也の誕生日正確に何日だか分かるか?・・・あ、ホントに末日なんだ。しかももしかして日曜じゃん?うわー、ラッキー。・・・んなことねぇよ、人聞きの悪い」
 テレビとベッドの間に置かれているローテーブルの上に鎮座する卓上カレンダーに目をやった翼は、竜也の誕生日であるらしい十一月末日が日曜である事に酷くご満悦の様子で頷いた。
 通話相手が恐らく”何か企んでるのか”と言った類の事を言ったのだろう、僅かに口を尖らせた翼の肩に掛かっていたタオルを取り上げた柾輝は、続けられた台詞に通話相手が正しいなと胸中で一人ごちた。
「竜也の誕生日会、やってやらねぇ?」
 またこの人は何を言い出すのやらと、雫の垂れる翼の髪をタオルで包んで拭いてやろうとしていた柾輝は一瞬その手を止める。途端に今まで全くこちらを見なかった翼が、ちらりと非難するような視線を向けてきたので、柾輝はタオルを翼の頭に被せて優しく拭き始める。
 首筋を優しく拭うタオル生地と、それを通して感じる柾輝の指先に満足して、翼は携帯を持ち直す。
「だからさー、折角シゲを通して知り合いになれたのに、俺まだ竜也と遊んだことないんだよ。誕生日会ってのはいい名目だろ?・・・んなもん、知るかよ。誰も一日拘束しようなんて思ってねぇよ。夕方からさ、皆で集まって飯でも食おうかなって」
 一見良い先輩風を吹かせている様に見えるが、恋人のいる人間の誕生日にそんな会合を開こうなんてどう考えても悪趣味だ、嫌がらせに他ならないだろう。
「俺と柾輝と、お前とー、後は竜也の友達もいないと気後れすんだろうから、居てもいいし。シゲぇ?どっちでもいいけどー?」
 勿論嫌がらせの対象は、シゲだ。
 四ヶ月近くかけてようやくお付き合いの始まった恋人と過ごす最初の相手の誕生日に、何が悲しくて先輩や友達を交えて過ごさなければならないのか。
 絶対に怒り狂う金髪の友人の顔を思い浮かべながら、それでも柾輝は己の脚の間に大人しく身体を預けてくれる翼を止めようとはしない。
「というわけでさ、場所は別にどこでもいいんだけど。うんそう、何ならウチでもいいし。とにかく竜也に話通しておけよ。・・・たりめえだろ、言ってどうすんだよ、うるせえのが分かってるってのに」
 柾輝の予想通りシゲには内密にと念を押して、翼はほぼ一方的な通話を切った。
「直樹か?」
 湿り気を帯びていつもより大人しい髪の毛を拭きながら柾輝が携帯を放る翼に声を掛けると、翼はテレビの音量を元に戻さずにそのまま電源を落とす。
「そう、よく分かったな」
 僅かに残っていた自分達の声以外の音が無くなり、翼の楽しそうな声音が一層顕著になる。
 柾輝が寝巻き代わりにしているジャージの膝に濡れた髪を擦り付けながら、翼は喉の奥で楽しそうな笑い声を立てた。
「意地悪なことするもんだな」
 柾輝は非難するでもなくただ思ったとおりの感想を述べただけだったのが、翼にはそれが気に入らなかったらしい。むうっと頬を膨らませて首を倒して柾輝を見上げてきた。
「だって、上手く行き過ぎたらつまんねぇ」
 二十歳にもなった男がする仕草と表情ではないだろうと思ったが、自分がそれを許される程度の容貌だと熟知している翼は完全な確信犯で、分かっているのにそんな翼に惚れている柾輝はあっさり陥落させられるのだ。
「今まで散々ドタバタしただろうがよ・・・」
 仰け反った襟足から雫が落ちるのをタオルで受け止めて、柾輝は上向いた唇に軽くキスを落とす。根がスキンシップの好きな翼はそういう軽めのキスが好きで、おまけとばかりに額にも唇を押し付けると気持ち良さそうに不機嫌だった目元を和らげた。
「いいじゃん、俺竜也ともっと仲良くなりてえもん」
 シゲが竜也を落とそうと躍起になっていた頃にも交流があったと言えばあったが、やはりそれはシゲを通してが多く、翼のひそかな目下の目標は個人的に竜也の連絡先を入手することだったりする。
「まぁ、いいけどな」
 そしてどうしたってこの年上の恋人に甘い柾輝は、確かにこの二人なら気が合いそうだという点に納得をして、シゲという友人の幸せをあっさり犠牲にしたのであった。


 翼とほぼ一歩的な通話がなされた翌日直樹は気の進まない背中を自分で押しながら、いつもより早い時間に登校した。
 大体シゲや自分よりも早い時間に登校している竜也は予想通り既に教室に居り、教室に入ってきた直樹を認めて、はよ、と軽く声を掛けてきた。
「おー・・」
 そのまま自分の席に着くよりも先に竜也の席の前に立ち、どうしたと首を傾げる竜也に意を決して口を開いた。
「あんなぁ、翼が、30日に竜也の誕生祝やらへんかって」
「え?翼さん?」
 当然ではあるが、全く予想もしていなかった人物の名前と内容に、竜也はきょとんと目を見開く。普段はどちらかと言えば伏し目がちで小説を読んでいたりすることの多い竜也がそんな表情をすると、途端に幼く見えて近寄りがたさも半減する。
 自分がそんなことを思っているなんて知れたら、竜也の事に関しては許容量の極狭い友人にまた殴られると分かっているので口にはしないで、直樹は所在無く短い髪の先端を軽く握る。
「んー、翼、お前のこと気に入ってるからなぁ。夕飯でも一緒に食おかーて。あ、予定有るんやったら別に構へんよ」
 悩むように眉根を寄せた竜也に、予定があって当たり前だと、馬に蹴られそうな自分に自己嫌悪を感じつつ、それでも一応伝えておかねば後が恐ろしいと思ってしまうのは何も直樹が気弱だからではない。
 本当に翼を怒らせると恐ろしいのは中学時代から体感済みで、それはもう直樹の骨身に染みて叩き込まれている条件反射だ。翼には、逆らうな。
「シゲとデートやろ?」
 あの男の事だ、昼間からデートだ何だと盛り上がるのは眼に見えている。翼だってその位の事は分かっているのだろうから、これは完全にシゲへの嫌がらせが半分以上と見て間違いないだろう。
 シゲには言うなと遠まわしに言われていることだし。勿論、竜也の事を翼が気に入っているのも事実ではあるけれど。
「え、やー、別に・・・」
 そんな約束はしていないと答える竜也に直樹は驚いたが、その顔がどこかふて腐れているように見えるのは気のせいではないだろう。
(なんや、まだ誘ってないんかい)
 もう慣れた事だが、シゲはどうもこの水野竜也と言う人物に対しては慎重すぎるというか行動が遅いというか、なところがある。それは長かった片思い時期から散々頼みもしないのに話を聞かされてきた直樹が、つくづく実感していることである。
「いいよ、翼さんにオッケーですって言っといて」
 僅かに逡巡した後口元に緩い笑みを浮かべてそう言った竜也に、直樹は自ら馬に蹴られそうな言葉を口にしてしまった。
「シゲはええんか?」
 途端に竜也は不機嫌そうな顔をして、
「甲斐性の無い男に用は無い」
 そう吐き捨てた。
 いつか親友も同じ位の勢いで捨てられないことを祈りつつ、直樹はとりあえず翼に殺されない己の身に安心した。
「そか、せやったら、また翼に聞いて連絡するわ。場所とか時間とか」
「うん、サンキューな」
 そう言って笑った竜也の顔は掛け値無しに嬉しそうで、直樹は思わず何か簡単な物でもプレゼントしようかという気になった。
 そして、もし事実自分がそうしたら激しく不機嫌になるだろう独占欲の強い親友の様子を想像して、直樹は唐突にそれを決心した。
 翼だけが楽しむ計画ではつまらない、不本意に巻き込まれたとはいえ、楽しめるものは楽しんでおこうと直樹は密かに決意した。




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 シゲの友達は友情に厚いね!つーか、シゲと竜也が絡んでねぇ・・。
 でも実際はちゃんと甲斐性ある様な気もするんですけどね、シゲ。まあ、このシリーズでは激しくヘタレだから!(愛。