文句あるか、これが青春だ!







友情か愛情か。


 メールの内容に了承の意を返信して、画面に”送信しました”の文字が出ると同時にシゲが竜也を屋上に誘った。
 以前は直樹や他のメンバーを交えて屋上で昼食を摂る事が多かったが、最近では竜也が何も言わないうちに二人で過ごすことが増えた。どうやら自分が思っている以上に、隣を歩く金髪の男は己のことが好きらしいと、既に三ヶ月も経つのに未だにキス一つする度に照れた様な笑みを浮かべる恋人を見やる。
「何?」
 屋上へ続く階段を昇りながら速度の落ちた竜也を怪訝そうに見下ろすシゲに、何でもないと答えて竜也はシゲを追い越して屋上に出た。
「さすがにそろそろ寒いな」
 頬を掠めた風に肩をすくめて、二人はいつもの場所へ腰を下ろす。夏には中庭で昼食を摂る生徒も多かったが、屋上から見下ろせるそこにいる生徒の数はまばらだ。
「うーん、もう教室で食べるべきなんかなー。二人っきりになれないやんなぁ」
 残念と言ってへらりと笑うシゲを一瞥しただけで、竜也は弁当に視線を落とす。零しかけて飲み込んだ言葉は、そのまま摘んだ玉子焼きと共に胃袋に落ちた。
 二人きりになろうが友人達と大勢で居ようが、変わらないんだから同じだろうと言ってやりたい。誰の前でもどこででもシゲは竜也に懐いてくるし、友達同士のスキンシップの域を越える行動を仕掛けてくることは稀だ。
 付き合う前は、女慣れしてるというか付き合い慣れしてるんだろうなと思っていたのに、いざ付き合い出してみればシゲはこちらが驚くほどに竜也を大事に扱う。
 大事にされすぎて、たまに面映い位に。
「どうかしたん?」
 無言で黙々と箸を動かす竜也に、シゲがどこか不安そうに問う。
「別に」
 そう言って竜也はおもむろにシゲの唇にキスを落とした。昼食の最中にキスをすれば当たり前ではあるが、キスはシゲの食べているカレーパンの味がして、竜也はその唇をぺろりと舐めた。
「・・・・!何っ、何すんの、たつぼん!!」
 一瞬硬直したシゲは竜也が唇を舐めた事で我に返ったのか、勢い良く仰け反って唇を押さえる。
 全く、翼によればシゲが女性との初体験をしたのは中学生の頃だというのに、まるで手すら握ったことはありませんというようなこの反応はどうだろうと、竜也はシゲの様子を見て嘆息した。
「たつぼん?」
 男と付き合うのは初めてらしいが、それだってすることは大して変わらない筈だ。手を握ることもキスをすることも、同じ人間相手にする行為なのだから今更そんなに照れなくてもいいのにと思わず呆れてしまう竜也に、シゲは口を押さえながら首を傾げてくる。
「したかったから」
 好きな相手なら、キスをすることも手に触れることも自然に沸き上がる衝動ではないだろうか。シゲは、そうではないのだろうか。最近、そんなことばかり考える自分がいることを竜也は既に自覚している。
「嫌なのかよ」
 頭をもたげる不安を眉間に皺を寄せることで隠して、滅相も無いと首を横に振るシゲにどこかで安心すると同時に、じゃあ何でお前は自分からはそんなに奥手なんだと問い詰めたい。
「嬉しいけど、びっくりしたー」
 くしゃりと破顔して再びカレーパンにかぶりつく恋人は、竜也のそんな思いになどまるで気付かない様子だ。
 付き合いだして三ヶ月、偶にふざけた様に”ヤらせて”と口にしだしたのはシゲの方だが、こんなふいに仕掛けるキス一つで無邪気に笑って幸せそうになれる男がどこまで本気で口にしてる言葉なんだろうと、竜也は知れず溜息を落とす。
 どこまで本気だか分からないからこそ、言われる度に怒る振りをしてはぐらかしているけれど、本当のところ竜也だって思っている。
 唇で触れるだけでは、もう足りない。
 そんな風に思うのは自分だけだろうか。先に好きになったのは疑いようも無くシゲの方である筈なのに、いつの間にか望んでいるのは自分ばかりの様な気がする。
 そんな風にどこか焦燥に駆られている理由も分からなくて、竜也は機械的に咀嚼しただけでいつの間にか空になった弁当を丁寧に片付ける。
「あ、そーだ、たつぼん。30日暇?」
「じゃない」
 ふいに思い出したように零された問に竜也が間髪入れずに答えると、シゲはパン袋を手に固まった。
「何で!?自分誕生日やん!普通彼氏とデートやろ!?」
 お前が彼氏なら俺は彼女かというツッコミを入れるのはこの際置いておいて、竜也はハンカチに弁当を包んでそれを綺麗に結び、シゲが屋上に誘いに来る直前に送られてきたメールの内容を思い浮かべる。
「翼さんが、誕生祝いしてくれるってさ。昼間遊んで、夕方から宴会やろうってメール来てた」
 その言葉にシゲは愕然とする。翼と竜也がいつの間にそんなに親しくなったのか自分は知らないし、そうだとしても竜也が自分よりも翼との約束を優先すると言った事が信じられない。
 だって、自分は竜也と付き合っているのに。
「何でそっちが優先なん?俺とのデートは?」
「そんな約束してない」
 にべも無く言い放った竜也に、シゲは盛大に渋面を作る。
「してないって、友達と恋人どっちが大事なんや」
 不満も露なシゲを竜也はちらりと見やったが、その表情に臆する事無く冷ややかに視線を返した。
「恋人だろうが友達だろうが、先約を優先するのが礼儀だろ。お前、今日何曜日だと思ってんの、水曜だぜ。そんで、俺の誕生日は日曜日。何も約束取り付けなくても、自分は恋人だから俺が無条件にお前を取るとか思ってんのか?自惚れるなよ、俺は義理堅いんだ。一週間前から誘ってくれてたのに、今更断れるか」
 まるで某友人を思わせるように畳み掛けられた竜也の台詞に、シゲは言葉を失った。
 確かに、自分はずっと竜也に誕生日の約束を取り付けていなかった。だから、竜也の台詞は最もだし、気のせいで無ければそれについて竜也は恐らく怒っている。
 けれど、自分にだって色々と事情があったのだとシゲは口を尖らせて反論する。
「そら、そうやけど。でも俺だって色々悩んでたんよ?たつぼんに楽しんで貰いたいし喜んで欲しいから、どこ行こうかなとか何しようかなとか・・やのに、たつぼんは姫さんの方を取るん?」
 出遅れたのは認めるけれど、そこは大目に見てくれてもいいではないかとふてくされた表情をするシゲに、竜也も負けじと言い返す。
「それでも、決まって無くてもまず予定を先に確認するくらいのことすればいいじゃねぇか。空けてあって当然みたいな言い方すんなよ、腹立つな」
「腹立つって何やねん。恋人居る奴が誕生日に予定空けとくん、普通やろ。一緒に居たい思うんやったら、誘われる前から予め空けとくもんやろ」
 それとも、竜也は誕生日に自分と居たいとはさほど思ってないのだろうか。そんな不安が胸を満たして、シゲの口調が自然荒くなる。
「薄情者」
 その告げられた一言に、竜也は無意識に足が出た。
「った〜〜!お前、一々蹴り入れるのやめろや!」
 ガンっと思い切り蹴られた脛を抱えて涙目になるシゲを見下ろして、竜也は憤然とした表情で立ち上がる。
「空けといても、いつまでも何も言ってこなかったのてめえじゃねぇか。一週間前にすら何も言ってこねえから、お前が何か考えてんのかって思った自分が馬鹿みたいに思えてきたんだよ。考えすぎてタイミング失ったとか、馬鹿じゃねぇの」
 そう吐き捨てた竜也の声がどことなく力が無くてシゲが涙の滲んだ目で見上げれば、そこにはシゲ以上に痛みを堪えるような竜也が居る。
 付き合って三ヶ月も経つのに、キス以上のことはしてこないし、それ以外は以前と変わらない程度のスキンシップだし、徐々に近付く誕生日と何の変化も無いシゲの態度に、不安だったのは竜也の方だ。
 もしかして、飽きたのかと。
 三ヶ月目は倦怠期とよく聞くし、もしかしてそうなのかと。それを考えると、わざわざ柾輝の所を訪ねて行った自分が急に気恥ずかしくなり、そんな時に丁度話を持ってきてくれた直樹に思わず二つ返事でオーケーしてしまった。
「俺の誕生日なんだから、俺の希望も聞きに来いよ。何一人で決めようとしてんだよ。そんで俺に予定入ってたら、お前ただの馬鹿じゃねぇか」
 シゲから視線は逸らさず、けれどその瞳は揺れていて、思わずシゲは下げられたその腕を取った。
「ごめんなさい」
 ぴくりと、握った腕が震えた。
「えと、あんな?別にたつぼん驚かそう思ってたわけやないんや、いや、びっくりするようなプランも立てたかったんやけど。けどそれよりな、どーしても解決せんことあって、それ気にしてたら日ぃ過ぎてしもて」
 何だよとまるで何か堪える為にわざと仏頂面を作っているような竜也に、シゲは苦笑する。予定を空けて待っていてくれたのに中々何も言わなかった自分がこんな表情をさせてしまったのかと思うと、胸が痛むと同時にどこか嬉しい。
「何が欲しい?」
「・・・え?」
 楽しんで欲しくて行く場所を考えたり、何をしようかと思いを巡らせていたのは本当だけれど、何を考えても誕生日に肝心のプレゼントをどうしたらいいかが思い浮かばなくて、どうしても計画は中途半端になった。
「プレゼント。何にしようか悩んでたら、結局何も決まってなくて水曜なんやもん・・・。ごめんなさい」
 ぺこりと揺れる金髪に、竜也は何故謝るんだという言葉を風に散らす。プレゼントを何にしようかと悩んでくれたのに、シゲが謝るのは竜也が腹を立ててるからだ。
 自分に非が無くても主人の機嫌が悪ければ殊勝な態度を取って項垂れる、自宅の犬のそんな姿が思い出されるその金髪に、竜也は掴まれた腕をそっと外してしゃがみこんだ。
「ごめん」
 手が離されたことを不安に思ったのか顔を上げたシゲの目線の高さに合わせて、竜也は首を傾けて微苦笑する。
「気が短くてごめん、待ってれば良かったな」
 ちゃんと自分の事を考えてくれていたのに、短気を起こして馬鹿な真似をしてしまったと苦笑する竜也の目元が和らいでいて、シゲはホッと息を吐く。
「ん、俺も行動遅かってんな。もっと早くに聞けば良かったんやけど、何や意地張ってて。せやかて、何欲しいなんて聞いたら、何が目的か丸分かりやんか」
 何も聞かずに喜ぶものをやれれば良かったのにと拗ねた口ぶりになるシゲが、突然酷く愛しいものに感じられて、竜也はシゲのこめかみにキスをした。
 チュ、と軽い音を立てる唇に、自分がどれだけこの男に触りたがってるのかが自覚されて何だか恥ずかしかったけれど、今度はシゲも笑って絡んだ視線を閉じて口付けてきた。
 求めているのが自分でだけではないと、こんなキス一つで満たされる自分が酷く滑稽に感じられると同時に、この変化に純粋驚く自分が居ると竜也は頭の片隅で考えた。ほんの三ヶ月前までは、確かにただの友達だったのに。
「けど、今更姫さんの誘い断ったら俺が殺されるやろなぁ・・・」
 直樹ほどではないにしろ、翼の強さが身に染みているシゲがぼそりと言って大袈裟に嘆息する吐息が耳元を掠めて、竜也はふいに思いついたことを口にした。
「じゃあ、29日は?」
 30日は翼が昼間から遊ぶ気満々な様だったのでどうしても無理だろうけれど、何も30日丸々二人で居られなくてもいいではないかと思ったのだ。
「土曜?うん、空いてる。ちゅーか、その日にプレゼント買いに行こうかと思ったんやけど・・」
 土曜までに買いに走るか・・と今日を含めた三日間の放課後の予定を掘り起こしているシゲの目の前で、竜也は風に攫われるシゲの髪を一房指に絡めて微笑んだ。
「一緒に買いに行けばいいじゃん」
 そのまま弄ぶようにくるくると指に巻きつけながら、風は冷たいのに間近に他人の体温があるだけで随分暖かいなと竜也は無意識に笑みが深くなる。
「デートついでに、プレゼント買えば。そんでさ、ウチに泊まってけよ」
 さすがにご本人同行でプレゼント探しは貰った時の嬉しさが・・と反論しかけたシゲは、続いた竜也の言葉に絶句した。
 竜也は相変わらず楽しげにシゲの髪を弄りながら、そうしろよと目を細める。
「多分、母さんに翼さんとの約束言ったら前日に家族でお祝いするって言うから。それに来いよ。そんで次の日、一緒に翼さんのとこ行けばいいし」
 至極あっさりと言い放つ竜也だが、対するシゲは心拍数が急上昇だ。
 誕生日にお泊りのお誘いなんて、しかもそれが初めてのことならば、嫌でもシゲの胸中で期待は膨らむ。
「ええの?せやかて、折角家族でお祝いすんのに。それに俺、姫さんに誘われてるわけやないんやけど・・」
 翼が自分を避けたのは明らかに嫌がらせだと分かっていたので腹立たしさも倍だったわけだが、竜也はその二つの疑問をあっさり一言で片付けた。
「だって、お前恋人だろ?」
 恋人が家族に混じって誕生祝いをするのも、誕生日に一緒に共通の友達と遊ぶのも何ら不自然なことはないだろうと竜也は笑う。
 遊んでいた髪から手を離して、間近で答えを窺うように腕に顎を埋めて見つめてくる甘い茶色瞳に、シゲは頬が熱くなるのを感じた。
「お邪魔させてもらいます」
 それしか考えられ無いだろうということは予測済みではあったけれど、万が一断られたらと思っていた竜也はシゲの答えにはんなり目尻を紅く染めた。
「うん、母さんに言っとく」
 少なくとも一緒に居たいと思ってるのは自分だけではないと思えて、竜也は安心して立ち上がる。
「行こう、寒い」
 本当は全然寒さなんて感じていなかったのだけれど、このまま二人で居るときっともっと触りたくなって困ると判断した竜也は、心なしか頬の赤いシゲを促した。
「せやね」
 二人きりだときっとお泊りのことを考えて不埒な分野まで想像が及ぶことを恐れたシゲも、促されるままに腰を上げた。
「あ、英語単語テストだ」
 歩調を合わせて扉に向かいながら、竜也は午後の授業を思い浮かべた。
「うっそ、やば、俺何もしてへん」
「それはいつも」
 そしてどうせ教室に帰っても勉強しないだろうと続けた竜也に、シゲは表面だけは不機嫌そうにそんなことないと返す。
 そしてふいに互いの手が触れて、そのままごく自然に指を絡ませた。握るには遠く、指先を絡め合わせるだけの接触で、二人は屋上から続く階段を下りていった。




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 突然ラブいよ!!!今まで一切接触してなかったくせに、いやだからこその反動か!?
 竜也さん、落とされ最中の半年間と付き合いだして三ヶ月で一体何が?(笑。随分シゲに甘くなったというか、結構惚れてんじゃんか。
 何があったのか非常に気になります(お前の台詞か。