文句あるか、これが青春だ!







彼氏と彼氏の時間。


 待ち合わせ時間よりも大分余裕を持って着けると思って向かった待ち合わせ場所に、既に金髪の見知った顔があることに遠目で気付いた竜也は、見た瞬間に大分焦った。
 雑踏を上手くすり抜けて、待ち合わせ場所に溢れる人ごみでこちらには気付いていない男の名を呼ぶ。
「シゲ!」
 弾かれた様に顔を上げて竜也を認めたシゲは、途端に掛け値無しの嬉しそうな笑みを浮かべた。
 シゲは竜也が駆け寄るまでじっと寒さに耐えるように待ち、竜也がその隣で立ち止まってごめんと謝ると両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま肩をすくめた。
「んーん、俺が早く着きすぎただけやし。まだ時間前やんか」
 ダブついたジーパンに赤いパーカー、白いニット帽から除く金髪の先が秋風に揺れた。パーカーの大きく開いた襟元から覗く首にが寒そうに外気に晒されていて、黒いジャケットに無地のグレイのマフラーをしっかり巻いている竜也は眉を顰めた。
「お前、寒くねぇ?」
「え、あったかいやんか、今日」
 確かに今日の空は見事な晴天で、日向に居ればぽかぽかと暖かな陽光が降り注いでくる。けれど、時折肌を掠めていく風はしっかり秋だ。
「今はそうだけど、夕方になったら寒いぞきっと」
 遅くても夕飯には帰ると母に言ってあるので、そう気温が下がってしまう前に帰れるとは思うが、今は日が落ちるのが寒い。太陽が沈んでしまったらきっとその格好は寒いだろうと心配する竜也に、シゲは大丈夫と軽く笑った。
「俺、寒いの得意やし。んで?どこ行く?」
 とりあえずここから離れようと歩き出し、僅か身長の勝るシゲを見上げた竜也は、その耳に学校に居る時よりもゴツ目のピアスがはめられている事が目に入る。一応、彼なりにTPOをいうものを考えているのだろうかと思うとおかしくて思わず口元を緩めた竜也と、それに気付いてつられるようにして笑ったシゲと目が合う。
「何か候補ある?」
 目的も無く歩き出した方向に目をやって、大きなCDショップが目に入った。とりあえずあそこ、と指を指した竜也に、分かったと間髪入れずに答えたシゲはまた竜也と目が合うとにこりと笑う。
「何だよ、ニヤニヤして気持ち悪ぃ」
 そういう竜也の方もその頬は緩んでいて口調に棘の一つも見当たらなく、休日故にカップルで込み合う街並みを人にぶつからないようにすり抜けて行く。
「んー?久しぶりやんか、こういう風に出かけるの」
 確かに、最近は懐が寂しかったり課題がやたら出されたりして、週末に会ってもどちらかの家に篭もっていることが多かった。
 時折二人の間を通り抜ける人に微かに眉をしかめながら、シゲは二人で部屋にいるのも悪くは無いけどなと胸中で思う。
 どうしたって、外では手も繋げないし抱き締められないから。二人の間を誰も通らないように手を繋いで肩を寄せ合って歩くなんて、男女のカップルがするようには出来ないから。二人で、誰も邪魔しない部屋の中で思う存分じゃれ合って笑い合えるのも悪くは無いと思う。残念ながらこの場合、じゃれ合いは本当にじゃれ合いでしかないけれど。
 でもそれもきっと今日で終わりだ、シゲは先ほどとは違う種類の笑みが頬に浮かぶのを止められない。
 何しろ、竜也からお泊りのお誘いを受けているのだ。これはもう、竜也だって何の考えも無しに言い出したことでは無いだろう。
「そうだな。二人で出かけるの、久々かもな」
 暖房の効いた店内に入り知らず強張っていた肩の力を抜いて、竜也の口元にも嬉しそうな笑みが小さく浮かぶ。
 その口につい視線が行ってしまい、シゲは誤魔化すように店内に張ってある新しいCDの告知ポスターに視線を移す。
 翼から借りた資料の数々は何度も目を通したし、何回か煩がられつつも翼に直に電話したりもした。必ず用意しろと言われたので、深夜のコンビニで平静を装いながらコンドームなんて物を購入したりもして。
 買ったことが無いわけでもないし童貞でもないというのに、想定される相手が竜也なのだと思うだけでその四角い箱を手にするのに妙に緊張して。
「シゲ、見たいのあるなら行ってていいぞ?」
 店内に入った途端無口になったシゲに、CDを手に取った竜也が怪訝そうな顔をする。
「え、や、ええわ。今日はたつぼんのプレゼント見に来たんやし」
「そうか?悪いな」
 そう言ってまた目ぼしいCDを捜し始めた竜也の首筋が、灰色のマフラーに覆われていることをシゲは残念に思う。
 竜也の白い項にかかる色素の薄い髪が好きで、そこに触れるとくすぐったそうに目を細める竜也の表情も好きだ。
 もっと抱き締めてキスをして、触れたことの無い所にも触ってみたい。
 そんな衝動は好きになれば当たり前のことなのだろうけれど、久しくそんな衝動とはご無沙汰だったせいかシゲは時折そんな自分に酷く戸惑う。
 竜也にキスをして舌を絡めて互いの吐息が混じって、漂う甘い空気に誘われる様に竜也の肌に手を伸ばし、ふと躊躇う自分が居ることをシゲは自覚している。触れて良いのだろうか、と咄嗟に不安が頭をもたげるのだ。
 竜也の気持ちを疑っているのでも、自分の気持ちに自信が無いのでもない。ただ、これまで大して好きでも無かった相手と繰り返してきた行為と同じ事を、竜也に求めてもいのだろうかと思うのだ。竜也はそんな風に扱うよりも、もっと大事にしなければならない相手では無いかと。
 触りたい、けれど、自分なんかが触れてもいいのだろうか。
「シゲ、悪い。何かあんまいいの無いみたいだ、出よう」
 何種類かのコーナーを物色した竜也が、後を付いて回るだけだったシゲを振り返って出入り口の方へ踵を返した。
「じゃあ、次どこ行くん?」
 先に歩を進める竜也の袖をさり気無く引くと、竜也は僅かに歩調を緩めてシゲの隣に立ってくれた。
「んー・・サングラス、見たい」
 アクセサリを好まない竜也が、唯一身に着けるといっても良い装飾品としてのサングラス。ええよと軽く答えて、シゲは竜也の好きそうなサングラスがあるのではと思い当たる店を口にしてみた。
「そこ知らない、そこ行こう」
 新しい店に嬉しそうに笑う竜也と何でも無い会話を交わしながら、シゲはジャケットから覗く細いけれど女の様では無い指を握りたくなる。
 そっと指先を触れ合わせたシゲに竜也の言葉がふいに途切れて、シゲの顔を見て眉尻を下げて笑った。
「こういうとき、不便だな」
 手を繋ぎたかったり肩を抱きたくなったり、そういう暖かな接触が欲しくなってもおいそれと実行できないお付き合いだと、二人は自覚している。
 これが翼辺りなら臆面も無く柾輝の腕に手を絡ませたりするのかもしれないし、柾輝もそれを気にする事無く受け入れるのかもしれないが、まだそこまで吹っ切れないものを抱えている二人には無理な話で。
「ん、でもまぁ、通じてるからええよ」
 周囲で遠慮なくベタ付くカップルを羨ましいと思わないと言えば嘘になるけれど、単なる弾みの様に触れただけの指先から、竜也が自分の思いを汲んでくれたことが嬉しいから。
「そだな」
 竜也はきゅ、と軽くシゲの中指を一瞬握って、それを誤魔化すように口元に指を持っていって息を吐きかける。
 CDショップから大して離れてもいないその店は、確かに竜也好みのデザインをしているサングラスがたくさんあったけれど、それなりに値の張るものも多かった。
「やっぱ、いいのは高いよなー」
 値札を見ては嘆息する竜也に、シゲは財布の中身を思い浮かべる。
 まだ扶養される身であるから限界はあるけれど、竜也が本気で欲しいと言うのなら買ってやれるだけの全財産を詰め込んできた財布が、ジーパンの後ろポケットに入っている。
「欲しいなら、買うたるよ」
 本当に望む物をプレゼントしたいと思いながら真剣にシゲが告げると、竜也は一瞬きょとんとした表情をして、それから噴出した。
「何か、援交の親父みたいな台詞」
 俺女子高生じゃないんだけどと笑った竜也は、手にしていたサングラスを元の場所に戻す。
 遠慮なんてしなくていいのにとシゲが唇を尖らせると、竜也はそんなんじゃ無いよと笑った。
 結局そこも冷やかすだけで終わってしまったことにシゲは大層不服で、それが見事に表情に出てるのを竜也はおかしそうに見やる。
 自分でも躊躇する物を、いくら誕生日だからといって同じ扶養される立場のシゲに買わせるのは心苦しい。それに、そんなに気合の入った物でもなくていい。竜也はもっと、値段ではなくて別の物が欲しかった。
 偶に掛けるサングラスではなくて、もっと普段から身近に感じられる物がいいんだと、恥ずかしくて口には出せないがそれが本当に欲しい物だ。
「どうすっかなー、次・・・」
 そうなると本とかも駄目だなと考え込む竜也の傍らで、シゲが思い出したように尋ねて来た。
「そういや、真理子さんとか孝子さんたちには何貰ったん?」
 まだ十分若いからと、竜也の母や叔母を名前で呼ぶシゲの存在は竜也の家でも大好評で、今日も連れて来ると言って一番喜んだのは母だった。
 その喜び様にまさかそれが彼氏ですとは言えない竜也はいささか複雑な気持ちではあったが、それでもシゲが家族に快く受け入れられていることが純粋に嬉しい。
「・・・図書券」
 そんな母や叔母に誕生日プレゼントは何が欲しいかと聞かれて、咄嗟に図書券と答えてしまった自分はつくづく可愛げの無い高校生だと思う。
「ぶは・・っ、マジで!?」
 案の定大口を開けて笑い出すシゲをじろりと睨み付けて、浮かばなかったんだよと憮然として返す。
 竜也の物欲の薄さを知っているシゲは、竜也らしいとは思ったがそれを自分にも希望しないでくれよと願う。
 初の恋人の誕生日プレゼントが図書券というのは、何だか空しい。
「だって、何にでも使えるし」
 笑いすぎだと睨む竜也に目尻に浮いた涙を拭い、シゲはごめんごめんと片手を上げる。
 笑い過ぎて暑いと言いながらニット帽を外して無造作に首を振るシゲのその動作に、竜也は思わずドキリとした。
 まるでライオンがたてがみを震わせた様に金糸が軽く舞って、ふいにシゲがやけに大人びて見えた。
 触れたい、反射的にそう思って竜也は思いとどまる。軽く跳ねる髪に指を差し込みたいという思いが沸いてくるが、それを制して視線を前に戻す。
「まあ、たつぼんらしいわな。じゃあ、図書券は既に貰っとるからパスでー・・、デパートでも行く?ロフトとか」
 雑貨類の多く置いてあるところなら、何かしら欲しくなるかも知れないしと付け足したシゲに、竜也も頷く。
 触れたいと思っているのはお互い様だという確信はあるのに、どこかで躊躇っているシゲの真意を竜也は知らない。ただ、好きなら触りたいし触って欲しいのにと思いながら、隣を歩くシゲの気配に緊張とも安堵とも付かない感情が溢れてくる。
 家に泊まりに来ないかと誘った意味を推測できないほど野暮な男では無いと良いけど、と竜也は思いながら適当に上階から順に降りて行き、家具を中心に扱っている階で足を止めた。
「見てく?」
「うん」
 派手な色の家具を見て竜也がシゲに似合うと言えば、銀の家具は竜也の方がイメージだと言い合いながら二人は寝具コーナーに立ち寄った。
「いいよなー、広いベッド」
 大き目のダブルベッドに無造作に腰掛ける竜也に、シゲは思わずどきりとした。ベッドと聞くだけで夜の用途を思い浮かべる自分はつくづくヤバイと溜息を吐きたくなりながら、自分も手でベッドマットを押してみる。
 柔らかすぎず硬すぎず押しては戻るマットに、竜也があ、と小さく声を上げた。
「なしたん?」
 買う物でもあったかと尋ねると、竜也は違うと首を振ってベッドにセットされている枕を手に取った。
「低反発枕、これ欲しい」
「枕?」
 まさかそんな物をリクエストされるとは思ってなかったシゲは目を丸くするが、竜也は楽しそうにその枕に顔を埋めてみたりする。
「うん、これがいいわ。誕生日プレゼントにちょーだい」
 幸せそうに枕を抱えて目を細める竜也は、高校生男子にしては余りにも可愛らしい態度で、普段の男らしさを知っているシゲはそのギャップに胸が鳴る。
「そんなんでええの?」
 どんな竜也にも結局は弱いのだと改めて自覚しながら、値段を見てそう高くは無いのを確認してシゲが尋ねると、竜也は大きく頷いてそれをベッドに戻す。さすがに、展示物をそのままレジに持って行く気はしないのだろう、竜也は同じ枕の置いてあるコーナーに向かう。
「色気無いなぁ」
 どうせならもう少しロマンのある物をプレゼントさせてくれと零したシゲに、いくつかの同じ様な枕の中から酷く真面目に選んだ一つを持った竜也が、それを胸に抱えてにやりと笑った。
「いいじゃねぇか、お前だって使うこと増えるかもしんないし?」
「・・・っ、え」
 言外に大いに含みを持たせたその言葉に、シゲは思わず財布の中に忍ばせてあるコンドームを思い浮かべてしまった。
 そしてレジに向かう竜也の背中に、分かってて言ってるんやろうなぁと酷く気恥ずかしくなるシゲだった。




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 低反発枕欲しい・・・(聞いてません。