聖者は愚者とダンスを踊る







 喧嘩慣れしているとはいえあれだけの人数を相手にしていたのだ、シゲにも当然怪我はあった。しかしそのどれも掠り傷や軽い打撲程度で、顔の形が変わったりどこか腫れ上がったりということは無さそうだ。
 一番酷い拳の打撲には不恰好ながら湿布を張ろうとした竜也の手を、シゲが止めた。
「んだよ」
 ベッドの縁に二人で腰掛けながら小言を終らせたばかりなせいか、まだ機嫌が降下している竜也にシゲは苦笑する。
「どうせ汗かいたら剥がれるから、ええわ」
 そしてシゲは湿布を持ったままの竜也の頬に、軽く口付ける。竜也はその茶色い瞳でくるりと天井を見上げて、呆れたと嘆息した。
「やる気かよ」
 今日はそういう約束であったことは、竜也も覚えている。けれどシゲは喧嘩で大分体力を削っただろうし、あれだけ暴れたのだから興奮も収まっているだろうと思っていた。
「ったりまえや。その為の日やろ?」
 偉大なるキリストの誕生日を、そういう認識で捉えてしまうシゲの感覚がよく分からないと竜也は思ったが、返事をするまえに唇を塞がれて何度も口付けるうちにそんな事はどうでも良くなった。
 汝、隣人を愛せよ。博愛を唱えたらしいキリストならば、自分の誕生日に恋人同士が愛を育んでいることを案外喜ぶかもしれない。
「ん・・・」
 竜也がそんな罰当たりなことを考えていると、下唇を甘噛みされ薄く開いた唇にシゲの舌が入り込んできた。生暖かい他人の舌に喉の奥まで蹂躙されるかのような感覚に、竜也の脳みそは酸欠でクラクラする。
「ちょ、お前、がっつきすぎ・・・・・」
 零れた唾液の後を辿って顎へ唇を落とすシゲの肩にいつの間にか腕を回して、竜也は輪郭をなぞる様に這う舌の滑りに背筋が粟立った。
「やって、喧嘩の後やもん。アドレナリン出まくり・・・」
 耳の穴に舌を差し込まれ、囁かれる。既に低く濡れた声に、竜也はシゲのシャツを強く掴んだ。耳から犯されるようだ、と思う。シゲの声は、こういう行為をする時に必要以上にセクシャルになる。低く掠れるように名前を呼ばれると、それだけで背筋が震えるのだ。
「一人エッチ覚えたばっかの、中学生じゃねぇんだぞ・・・」
 しかしそれを素直に告げるのは悔しいので口には色気皆無の台詞を上らせるが、その声も既に湿り気を帯びていてシゲには睦言にしか聞こえない。
「今度してみせて」
 足元の救急箱を爪先で軽く蹴って、シゲは竜也の耳朶に歯を立てながらその身体を押し倒す。
「何を」
 シゲのシャツの裾から手を差し入れながら、竜也は吐息混じりに問い返す。するとシゲは今しがた竜也が口にした単語を更に直接的な言葉にして、その耳に囁いた。
 途端に、投げ出されていた竜也の足がシゲの脇腹に膝蹴りを食らわせる。
「ったあ!」
 少々大袈裟に叫べば、シゲの下で竜也は自業自得だと睨み上げてくる。
「お前の変態趣味に、他人を巻き込むな」
 上がりかけていた熱も瞬時に冷めようかという程の淡々とした答えに、シゲはご機嫌を取るかのようにその肩に口付ける。
「えぇー?付き合ってくれへんの?」
「そんなに寝言ほざきたいなら、いっそ永眠するか?」
 シャツ越しにシゲの体温を感じて、竜也の口調は台詞とは裏腹に柔らかく溶ける。冷めた口調は振りだったと確信して、シゲは安心して竜也が捲り上げたシャツを一度身体を起こして脱ぎ捨てる。次に、それを見上げていた竜也のシャツに手をかける。
「たつぼんて、脱がされんの好きなん?」
 彼の性格なら、脱がされるというのは受身的な感じがして嫌がるのではないかと思っていたのだが、いざこういう関係に発展してみると彼は意外にも脱がされることが好きなようだった。
「ヒトを露出狂みたいに言うんじゃねぇよ。俺が、お前に、脱がされるのが好きなんじゃなくて、お前が、俺を、脱がすのが好きなんだろ」
 あくまでも、シゲがそうしたいからさせてやってるんだという態度を取る竜也だが、それを可愛くないとシゲが思ったことは一度もない。それでこそ、竜也だとすら思う。
「うん、せやね」
 露になった竜也の肩に改めてキスを落として、首筋、鎖骨、胸とそれをつなげていく。その間竜也の指はシゲの髪を優しく梳いていた。
「は・・・・」
 シゲの唇が竜也の胸の淡い突起に寄せられた時、竜也の口から震える息が零れた。男でもそこが充分に性感帯になりうるのだと、二人は互いと抱き合うまで知らなかった。
「ココ、大分感じるようになったんやない?」
 最初の頃はくすぐったいだけだとそこへの刺激を嫌がった竜也だが、今ではこうしてシゲが数度舌で転がすようにするだけで硬く立ち上がってくる。
「るせ・・」
 シゲの髪から指を引き抜いて、竜也は顔の上で両腕を交差させる。合間から見える頬は赤みを帯びていて、片方を指でつまむとその握り込まれた指には更にぎゅっと力が込められた。
「気持ちええ?」
 突起の周りを舌で嘗め回し、もう一方を指で弾くと竜也の鼻から甘い声が漏れた。そしてシゲが身体を割り込ませて開かれた脚の中心に、熱が篭もっていくのが分かる。
「ん、ふ」
 唇を横にスライドさせて、手をその股間に当てると竜也の腰が軽く揺れた。
「脱ぐ?」
 布越しの刺激がもどかしくて腰を揺らす竜也に、シゲは舌を臍まで這わせて問う。腰骨に舌のぬめりを感じて、竜也の中心部は一際反応を示した。彼はそこが酷く弱いことをとっくに覚えているシゲは、その腰骨に歯を立てたりそこにまた舌を乗せたりしながら、指先でも彼の熱を煽る。
「この、馬鹿!焦らしてんじゃねぇ!!」
 びくびくと腰を揺らしながら、ここで自分が求めるような発言をしたらシゲの思う壺だということは承知していた竜也だったが、ついに我慢が効かなくなってシーツを握り締めながら潤んだ目で顔を起こしてシゲを睨みつける。
「あ、その顔反則やん」
 欲に濡れていても媚びた色は浮かべない竜也のその目に、シゲ自身の欲が一気に煽られる。
「知るか、馬鹿・・・っ」
 潤んだ目で強気なことを言うそのギャップが堪らなく、シゲはそんな竜也にどうしようもなく惹かれてしまう。
「仰せのままに」
 その大事な大事な彼の機嫌をこれ以上損ねないようにと、シゲは竜也のズボンのベルトを外した。
 下着ごとズボンを引き下ろして、片足だけを引き抜く。そして開かれた脚の間で存在を主張している彼自身に、シゲは唇を舌で濡らす。まさか、自分と同じ男の証に欲情する日がこようとは全く思ってもみなかったと今更考える。
「んっ、シゲ・・・っ」
 二・三度扱くと先走りを滲ませ始めたそれを、シゲは躊躇いなく口に含む。
「あぁっ・・」
 熱い口内に迎えられ、先端に軽く歯を立てられ竜也は背を反らせる。指はシーツを掴んだままで腰だけを突き出す格好になるその動作は、酷く妖艶だ。
 蛍光灯の下で跳ねる竜也の白い身体は汗に光り、シゲが太股の裏を撫で上げるとそれだけで爪先がシーツを蹴った。
「あ、あ、あ・・っふ、シゲ・・・っ」
 竜也の口からは高く嬌声が上がりこのまま頂点に上り詰めるかという時になって、しかしシゲはその愛撫を止めた。
「おい・・・?」
 また何か焦らすことでも考えているのかと、荒い息の中で非難するような声を上げた竜也に、シゲは大丈夫だと微笑む。
「ローション、取るだけやから」
 それは確かに竜也が受け入れる為には必要不可欠なもので、そこを気遣うことは誉めてやれるとは思う。しかしだからと言って、この状態で放り出すことはないだろうと竜也はベッドを離れるシゲの背中に憮然とした視線を送る。
「忘れるとこやったんやもん」
 今思い出した、と悪びれず笑うシゲに、本当にそれを用いることを忘れた日には、きっと顔の形が変わるくらい殴ってやろうと竜也は決心する。
「あぁもう、空気読めよ。萎えるぞ」
 ボトルを手にしてベッドに上がってきたシゲにだるそうな腕を伸ばして、竜也は再び覆い被さってきたその身体を抱く。
「ごめんて」
 セックスにおいて間の悪さはそのまま男の技量の無さだと公言してはばからないシゲは、それがどうも竜也相手だと段取りも何も無くなるなと内心苦笑する。
「たつぼん」
 こめかみにキスをされ、まぶたを舐め上げられる。まるで味見をされているようだと思っているうちに、枕元でボトルの蓋が開く音がして竜也はうつ伏せに反転させられる。
「このカッコかよ・・・」
 獣のように四つん這いになる格好は好きではなかったが、これが負担の少ない姿勢だということも既に分かる。だから文句を言いながらも、竜也は素直にシゲのキスを背中に受けた。それでも恥かしいことには変わりが無いので、せめて顔は枕に伏せておく。
 シゲはボトルから多めにローションを掌に垂らし、それをきちんと手で暖めてから竜也の双丘を割り開く。
「ん」
 それでも異物が入ってくることの不快感はまだ拭えず、竜也は唇を噛み締める。
 徐々に奥まで侵入したシゲの指は、竜也の内壁を掻き分けるようにして進んでいく。
「あ、あっく・・」
 指が二本に増やされ、入り口を広げるように開かれて引き攣れるような痛みを感じたが、それが最早痛みを伴うだけではないことを竜也の身体は知っている。
「ん、ふ、う・・っあ」
 中でバラバラに動かされ、溢れたローションが太股の裏を伝う。
「んああぁぁっ」
 グシュと卑猥な音を立てて三本目が挿入された時、竜也は枕を噛み締めて声が跳ねるのを押さえようとした。まるで女性のそれのように濡れた音を立てる自分の身体が、信じられない。ローションのせいだと分かっていても、竜也の内壁は確実にシゲの指を誘い込もうと蠕動している。
「ほんまに、すっかり慣れたみたい、やね」
 奥を突く度に締まる入り口を抜く時に強引に広げながら、シゲは綺麗に浮き上がる肩甲骨に噛み付いた。
「あうっ」
 そんな刺激すら快感に摩り替わる様子の竜也に、シゲもまた高揚していく。四つん這いになり背中を晒す竜也の姿を見ていると、まるで獲物を目の前にした気分になってくるのだ。
 白い皮膚に爪を立て、首筋に噛み付き、悲鳴を上げさせたい。喧嘩の時にも似た残酷な衝動が、湧き上がってくる。
「シゲ・・っ?いてぇって!」
「あ、すまん!」
 無意識の内に乱暴になっていた抜き差しを一旦止め、シゲは指を抜いてそのまま竜也の背中に額を置く。
「シゲ・・?どうした?」  心配そうに枕から顔を上げてくれる竜也を、愛しいと思う。最後までちゃんとしたいと思うし、大事にして愛されたいのも本心だ。けれど、もしかしたら自分は竜也を抱き潰すのではないかと、不意にシゲは思った。
「シゲ?怖気づいたのか?」
 散々やりたいやらせてくれと言っておきながらどうしたんだと訝しむ竜也に、シゲはその背中でパサパサと首を振る。
「いや、やりたいんやけど、やるんやけど・・・。その、乱暴になってまうかも、しれへん、から」
 そしたら竜也は怒るだろう、ただでさえ受身の方が負担は大きいのだと翼に散々言われていただろうと。辛いだけの思いはさせたくはない、好きな相手だからこそ、ちゃんと気持ち良くしてやりたい。でも、できるだろうかと急に不安になったのだ。
「あのなぁ・・・」
 竜也の口から、呆れたような口調とため息が漏れた。ひくりと肩を揺らすシゲに、竜也はおもむろに身体を起こす。
 煽られた身体は正直言って辛いけれど、こんな状態でいきなりナーバスに凹むなと怒鳴ってやりたいけれど、男という生き物は総じて案外デリケートだから、受身でも逆側でも色々悩むところはあるのだろう。
 だからって、本当にこんな土壇場になって悩み始めるのは言語道断なのだけれど。
「今更、何言ってんだ」
 そんなこと、シゲみたいな男が本気で抱こうと思ったらそれなりに負担がかかるだろうということ位、竜也はとっくに考えている。
 普段は竜也に懐く大型犬みたいな男だけれど、今日のようにその内側には狂犬が住み着いている。あのゲームセンターの惨状を見て、竜也は初めてそう感じた。それまでどれだけ言われても信じられなかった彼の凶暴性を、今日目の当たりにした。
 自分にその激情が暴力として向けられることはないだろうし、あってもそれなりに渡り合えるだろうと竜也は思っている。ただ、それがベッドの上となると話は別だ。どうしたって、竜也の負担は大きくなるだろう。
 けれど。
「ったく、あれだけ暴れた男が情けねぇこと言ってんじゃねえよ」
 そして竜也は起き上がり、枕元のローションのボトルを拾い上げる。
「たつぼん?」
 そして先ほどシゲがしたように掌にローションを垂らすことはせずに、そのままボトルを逆さにしてシゲの欲望に直接それをかける。
「つめった・・!」
 悲鳴を上げるシゲにもお構い無しに、竜也はボタボタとローションを垂らした後ボトルを投げ捨て、そのままシゲの欲望を握った。
「う、わ」
 ローションまみれで淫猥な音を立てるそれを上下に扱きながら、竜也はシゲに噛み付くようにキスをする。実際、その唇には歯が立てられた。
「ふ、は、あ」
 先端に爪を立て、耳に齧り付きながら竜也は欲に濡れた声で言い放つ。
「お前に潰されるほど、柔じゃねぇよ。女じゃねぇんだ、変な遠慮してんじゃねえ」
 その言葉に目を見開くシゲの眼前で、竜也は妖艶な笑みを浮かべる。本人は無自覚なのだろうが、それは確実に男を誘う笑い方だった。
「抱きたいんだろ?抱かせてやるよ。今更、びびって逃げんな」
 そして何かが切れたのか、勢い良く覆い被さってきたシゲは飼い慣らされた子犬などでは決してなく、あのゲームセンターで見た、苛烈な目をしていた。
「たつぼん、好き。ほんまに好き」
 仰向けに押し倒した竜也の脚を抱え上げ、散々ほぐした入り口に張り詰めた怒張を当てる。
「知ってる。分かってるか?俺だって同じだって」
 だから変な遠慮なんてするなと、竜也は脚をシゲの腰に絡める。
「ん、おおきに」
 シゲはそう言って笑うと、ぐっと腰を進めてきた。
「あっ・・・」
 指とは比べ物にならないその質量と熱さに、竜也は喉を反らせて喘ぐ。ぐぐっと肉を割り開かれる感覚は、ローションの滑りをもっても額に汗が吹き出てきたが、それでも竜也は、シゲが奥へ奥へ進んでいくことに胸が満たされた。
「く・・っ、きつ・・・」
「あっ、つ!」
 時間をかけてシゲが最奥まで進み、竜也もそこで大きく息を吐いた。
「入っとるの、分かる?」
 そして軽くゆさぶられ、竜也は短く声を跳ねさせる。指とは確実に違う、ドクドクと脈打つシゲ自身がそこにいた。
「わか、る・・っ。や、待て、まだ・・・っ」
 竜也の唇からは制止の声がかかったが、その内部は酷く淫靡にシゲを更に咥え込もうと蠢いていた。
「大丈夫やろ?やって中、うねっとるよ」
「そういうことを言うな・・っあ、あ、ま・・っ」
 軽い揺さぶりから、徐々に大きなストロークに変化させていくと、竜也からは甘い喘ぎが漏れてくる。
「あ、あ、う・・っん!」
 指でほぐしている時に発見した竜也の感じる場所を探して、シゲは身長に腰を進める。そして何度か突く度に、竜也の腰が大きく跳ねてシゲが侵入している入り口もきつくなる個所を発見して、シゲは竜也にキスをする。
「見つけた」
 まるで宝物を発見したかのようなその表情に、目尻に整理的な涙を溜めながら竜也は何だか腹が立った。
「うる、せ・・ッ、ア、アッ、ン、ン、くっ、そ・・・!」
 それでもそこを突かれる度に跳ねる腰はどうしようもなく、その内頭が沸騰するほどの快感に変わっていく。
 大きく脚を開いてシゲを迎え入れ、自らも腰を揺らして深く繋がろうとする竜也の痴態は、シゲを視覚からも楽しませた。
「すご、ごっつ色っぽい」
 しっとりと汗の浮いた胸も噛み締めた唇の赤さも、それを舐める熟れた舌も額に張り付いた髪さえもが、シゲを魅了する。
「い、あ、ん、あ、あ、あぁっ、シゲ・・っ」
 そして何より、欲に塗れた声で必死に自分の名前を紡いでくれることが、一番嬉しい。
「もっと呼んで、たつ、や・・っ」
 竜也の腹には溢れたローションなのか彼自身の先走りなのか分からない液体が、零れている。それを指で掬い取って硬く尖った胸の飾りに擦り付けると、竜也からはすすり泣きに近い喘ぎが上がる。
「シゲ、シゲ、あ、あ、シゲ・・っ、や・・っあ!」
「う、わ、やばい・・っ」
 限界まで張り詰めた竜也自身に指を絡めてやると、中がより締め付けられてシゲの限界も近付く。
「一緒に、イこ・・っ。竜也・・・っ」
 はくはくと必死に呼吸する竜也の口を自分のそれで塞ぎながら、シゲは呼吸まで奪う勢いで口付ける。竜也もそれに必死で応えながら、シゲの口端からこぼれるどちらのものとも知れない唾液を舐め取った。
「あ、イく・・っ」
「おれも・・・!!」
 そして二人は、ほぼ同時に互いの腹の上でその精を吐き出した。



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   お、おかしいな・・・かっこいい幼馴染シゲを偶には、と思ったのに・・・。
 やはり竜也の方が強いのか!!(笑。