幸せの還る場所。(in the cheap bar)







11.正体を知る。(2)


 シゲが目覚めたのは昼過ぎだった。
 薄い掛け布団の中で軽く伸びをして、一気に身体を起こす。こんな気温の低い季節は、覚悟を決めて一気に起きてしまうに限るのだ。
 そして、布団で若干暖められていた足を冷やさないうちにさっさと靴に足を突っ込むが、靴自体が非常に冷やされているので、余り意味は無い気もする。
  「あ〜〜・・」
 盛大に欠伸をしてベッドから立ち上がりそれを天井に引き上げて、そこに隅に追いやっていたキャンバスを持ってくる。
 最近また新たに画廊の主人から頼まれている贋作が、そろそろ完成間近だった。
「何かあったか・・」
 まずは腹に何か入れてしまわなければと思いシゲは適当に戸棚を漁って、やや硬くなっているパンと非常に冷たく冷えているミルクを胃に流し込んだ。
「・・・くー・・」
 身体の内部から冷やされるような食事に、いささか気分が下降気味になりながらも、シゲは水入れに突っ込みっぱなしの筆を執って、キャンバスに向かいながら今日の予定を組み立てる。
 夕方、竜也と飲む約束をしていたことを思い出して、自然と頬が緩んだ。
 二週間前自分でも戯れとしか思えないキスを竜也に送ってから、何かと竜也の部屋を訪ねるようになっている。  竜也もそれを迷惑がっているわけではないし、寧ろ昨日は笑って迎えてくれた。
 彼のピアノも最近変わってきていると、この部屋でいつも聞いていて思う。楽しそうになったと思う。
「ええ感じ?」
 シゲは夏の景色を映し出しているキャンバスに、最早外では見られなくなった緑を乗せる。
 ただ、一つ気に掛かるのは竜也の家主の将のこと。
 シゲのことを心良く思っていないのは一目瞭然で、時たまシゲが外出して広場に差し掛かり将を見つけると、彼も大概こちらに気付いて、お愛想に微笑んでくる。
 ただし、その微笑みは”昼間から何してるんですか?”という無言の嘲りを含んでいるように見えてならないが。
(たつぼんも鈍いからなぁ・・)
 将が毎晩のように酒場にシゲが来ないのかと聞くのは、警戒しているからだろう。
 自分の目が届かないところで、竜也がシゲと何をしているのか気が気でないのだろう。
 単なるライバルに対する詮索だ。
(酒場には行ってへんけども)
 もう何度も竜也の部屋にはお邪魔している。
 それを思うと将の心配が空回りしているように思えて、シゲは人が悪いと思いながらも笑い出しそうになる。
 笑い出しそうになって、キャンバスの青空がシゲの目を貫いた。
「何なんやろなぁ・・・」
 その色は、シゲが竜也に抱いている水色よりも濃い青。
 ついそれに目を留めてから、シゲは窓の外に視線を移す。小さく切り取られた空は、今日は生憎曇り空だった。
 残念だと思いながら再びキャンバスに目を戻し、シゲは考える。
 何故、自分はあの坊ちゃんに構うのだろうか。
(顔はそらまぁ、綺麗やけど・・)
 竜也がまだ自分を知らなかった頃から自分は竜也を知っていて、彼の弾くヴァイオリンが気に入っていて、その光景も好きだったけれど。
 竜也は最近全くヴァイオリンを弾いていない筈だ。自分のせいだと思う。
 シゲにヴァイオリンを弾くのを聞かれたくないのだろう。それはとても残念に思うのに、けれどもシゲは竜也の部屋に行くのを止めようとは思えないのだ。
 そのせいで竜也がヴァイオリンを弾く機会を逸しているとは、分かっていても。
(まぁ、金も貸しとるしな)
 そんな事実は、シゲがどこかで将と張り合おうとしている事実の説明になど全くなっていないことに気付きながら、シゲは筆を握りなおした。
 集中しなければ。

「おっさん、出来たで。もう一個はこれからやけどな。とりあえず」
 シゲが前置も無しに机に白い包みを置くと、店主もまた何も言わずにその包みを開けて絵を点検した。
「ふん、いいじゃねぇか?」
 店主は短くそれだけ言うと、シゲに約束していただけの金額を手渡す。
 シゲがそれをポケットに突っ込んで店を出ようとすると、珍しく店主が引き止めてきた。
「あの領主の坊ちゃんは、何をしようとしてるんだ?」
「何、て?」
 シゲが扉に手を掛けたまま振り向くと、店主は短くなった煙草の灰を落としながらシゲから預かった絵をしまっていた。
「この間ウチに来てな。絵の資料を少々貸してやった。後は、贋作画家を探していると言われたよ」
 最後の言葉にシゲは眉をひそめた。
 翼が何かをこそこそとやっているのは知っているし、道端に落ちていた新聞や噂話で、隣の領地が実質この辺りと合併したことも知っている。
「贋作?」
 けれど、具体的に何をしているのかは知らないし、特に興味も無い。それでも、自分がやっていることに何やら関係が出てきそうなら話は別だ。
「そう。腕の良いのを探してるんだと」
「は、あっそ。俺は何も知らへんよ。そないにあいつと仲良しなわけやあらへんし」
 面倒はごめんだとばかりに、シゲは手を振って店主の言葉を振り切ろうとした。
「俺には関係あらへん」
 そう言って出て行くシゲの背中に、店主は独り言のように呟いた。
「お前以上の画家を、俺は知らないんだがな」
 以前、近々面白い話があるかもしれないと言っていた翼の声がシゲの耳に蘇った。


 店に入ると、既に見せは込み始めていた。
「あれ」
 圭介がシゲを見止めて声を上げる。
 片手を軽く上げてそちらに挨拶をすると、カウンターに近づく。
「おや、もう来ないんじゃなかったですっけ?」
 にっこりと笑う店主兼家主に、シゲは口端を上げて笑う。
「この店は客を選ぶんかい」
 須釜は軽く肩をすくめて見せてから、注文は?と尋ねる。
 シゲは同じ酒を二つ注文して、それを受け取るとシゲはピアノのほうに近づいた。
「せや、あのピアニスト今夜は休業にしたってな」
 須釜がそれに対して特に何も言ってこなかったので、シゲはそれを了承と取る。
「たつぼん」
 いつの間にか違和感の無くなった名を呼ばれて竜也が顔を上げれば、ピアノのすぐ脇にシゲが居た。
「おう」
   竜也は軽く笑い返したが、鍵盤の上の指を止めようとはしない。
「約束。付き合ってや」
 シゲは既に手にしていた二つのグラスを掲げてみせるが、竜也はちらりと視線をカウンターに向けただけで何も言わない。
「スガの許可は取ってあるて」
「おい・・」
 言うが早いか、シゲは竜也の腕を取って無理矢理立たせて隅のテーブルのほうに移動した。
 シゲがこの店で大騒ぎをした後、この店では丸テーブルしか使われなくなった。
「乾杯?」
 シゲが竜也にグラスを渡して、おどけたようにグラスの端をカチンと当ててくる。
「何にだよ」
 竜也もそれに乗りながら、一口アルコールの香りを喉に流し込む。
「ん?ポチの心配が実現してもうた記念?」
 シゲは一口で半分近くを飲み干すと、片目をつぶって笑いかけた。
 竜也は余りにも様になるその仕草に、早々とアルコールが巡り始めたような気分になる。
「ばーか、意味ワカンネェよ」
 上がる体温を乱暴な口調で誤魔化して、竜也はもう一口口を付ける。
 舐めるように少しずつ酒を飲む竜也の飲み方がおかしくて、シゲはそれを眺めながら指先をグラスの淵に滑らせて、適当な話題を提供し始める。
「あ、そーだ」
 シゲが今日は臨時に収入があったのだという話を振ると、竜也はそれを遮るかのように大声を上げて、びっくりしているシゲの目の前で上着のポケットを漁る。
「はい、これ」
 差し出された竜也の手に思わず自分の手も差し出すと、手の平に数枚の硬貨が落ちて来る。
「ナニ?」
 首を傾げて問うと、竜也は真剣な声で答える。
「ホームズの、治療費。全然足りてないけど、ちょっとずつだけど、必ず返すから」
 神妙な表情で、心なしか居住まいも正してそんなことを言う竜也が、こんな酒場にはとても不似合いな気がして、シゲは思わず笑ってしまった。
「あ、てめぇ、ナニ笑ってんだよ!」
 途端に目元を赤くして怒る竜也に大して自分が感じた感情に、シゲは名前をつける前に竜也に手を伸ばした。
 目元を親指で優しく撫でられて、瞬間竜也の肩が硬直する。
 半ば呆然とシゲを見ると、シゲは楽しそうに硬貨を握りこんだ手で頬杖を付いて竜也を見つめていた。
「こないな速度やったら、いつ完済するんやろ?」
 上睫毛をなぞるようにされて、竜也は思わず目を閉じる。シゲの指は乾いていた。
「悪かったな・・・」
 たったあれだけのアルコールのせいではないだろう、竜也の頬が見る見るうちに朱に染まって、シゲはますます目元に柔らかく弧を描く。
 と、そこに。
「何やってんのさ、バカップル」
 容赦も遠慮も無く落とされた声は、竜也とシゲの空気を一刀両断した。
「つ、ばさ、さんっ」
 竜也が慌てて目を大きく開けて後方を振り返ると、そこには腕を組んだ翼が一人立っていた。
「自分の職場でいちゃつくなんて、度胸あるねぇ、竜也」
「何言ってんですかっ!」
 竜也にばっと勢い良く腕を振り解かれて、シゲの表情は一転して鋭くなる。
「一人で何しとんの?」
 翼に向けられるその視線がまるで自分に向けられたような気分になって、竜也は思わず身を硬くするが、一方当の翼の方は無頓着に笑う。
「びっくり、びっくり。いつの間にこんなに仲良くなったわけ?シゲ」
 猫のような瞳を機嫌良さ気に細める翼に、シゲは一気にグラスを空けた。
「お前には関係あらへんやろ。何しに一人でこないなとこに来たん?」
 タンッと軽く硬い音を立てて、シゲはグラスをテーブルに置く。画廊で店主が言っていたことを思い出した。
 翼は、あからさまに機嫌が傾いたシゲを見て、彼が何かを感付いていることを見て取ったが、逆に竜也が全くわけが分からないという表情をしているのに気付いて、イケルと判断して口を開いた。
「柾輝に聞いたら、ここじゃないかって言うからさ。お前に頼みたい絵があるん・・・っ」
 ガタンッ!
 翼が言い終わらないうちに、シゲは椅子を蹴り上げて立ち上がった。 
 酒場は大分騒がしくなってきていたし、シゲの立てた音もそうとうなものだったから、もしかしたら竜也は翼の声を聞かなかったかもしれないと一瞬期待したのだが、竜也はシゲを見上げて、
「シゲ、お前も絵ぇ描くのか!?」
 驚いてはいるが弾んだ声を上げる竜也に、シゲはこめかみに血が上ってくるのを感じた。
 奥歯を噛み締めて翼を睨みつけると、翼はそんなシゲを鼻で笑ってきた。その表情に、シゲは翼が分かっていてやったと確信する。
「ちょぉ、来いや」
 シゲは翼の二の腕を掴み上げると、引きずるようにして翼を外に連れ出そうとする。
「シゲ!?」
 驚いて竜也が後を追おうとすると、翼が引きずられるままに竜也を振り返って、片手で謝罪の意を示した。
「ごめん、ちょっと借りてくよ〜〜」
 シゲは翼の呑気そうな声を聞きながら店の外に出ると、自分の部屋に上がる階段がある方の路地に翼を引っ張り込んだ。
「痛いなぁ〜。いくら口説くの邪魔されたからって、そんなに怒んなよ」
 シゲが腕を離すと、翼は二の腕を大げさに擦りながら笑う。それにシゲも薄く笑い返しながら尋ねた。
「どういうつもりや?」
 シゲの瞳は全く笑っていないのを見て、翼もまた同じような笑みを返す。
「別に。言葉どおりだよ?お前に描いて欲しい贋作があるんだ」
 二人の間に吹き込んだ風は、その場でますます温度を失うように耳元で物悲しく鳴いた。
「お断りや、そないな気分やあらへんわ」
 シゲが吐き出すように笑うと、白い霧のような息が広がる。
「まさか竜也が知らないなんてな、お前が絵描きだって」
 翼は静かに細く息を吐き出す。
 シゲは、自分よりもやや下にある翼の瞳をまっすぐ睨みつける。
「余計なこと言うなや」
「へぇ、まじ?」
 からかうように翼が喉で笑うと、シゲは目元だけに弧を描いた。
「お前には関係あらへんやろ?遊びたいなら柾輝で我慢しとき?」
 そこまでだった。
 シゲは後は一言も受け付けないとばかりに翼に背を向けて、店のほうに戻って行く。
 翼は特に引きとめもせず、シゲが酒場に入っていくのを見送った。
「贋作って言葉をあの場で出さなかっただけ、感謝して欲しかったんだけどねぇ・・・」
 そう言いながら翼の口元に浮かぶ笑みは、酷薄なものだった。


「シゲ、怒ってたよなぁ・・」
 竜也は窓を開けて新鮮な空気を吸い込んでから、それを大きな溜息に変換させた。
 昨夜、シゲが店内に戻ってきたときには、何故か翼はいなかった。
 そのことを尋ねても、絵を描くことを何故黙っていたのかと聞いても、シゲは曖昧に答えるだけだった。
 そして最後には、やや不機嫌そうに、
『たつぼん、そろそろ帰ろか』
 そう言ってさっさと席を立ってしまって、竜也は慌ててその後を追うしかなかった。
「俺、何かしたかなぁ・・」
 店のすぐ上にある部屋に上がっていくシゲに別れを告げて、竜也は屋根裏部屋に戻ってきた。
 そしてそのままホームズと共に丸くなって寝てしまったのだが、今朝になってもやはり気になるのはシゲの不機嫌そうな表情。
 もしかして、シゲは絵を描いていることを知られたくなかったのではないだろうか。
 自分が、ヴァイオリンの音を知られたくないように。
 どんな理由があるのかは知らないが、もしそうなら自分はかなり無神経にはしゃいでしまったということになる。
「謝らないと、駄目かな・・・」
 竜也が眉間に皺を寄せながらいつもの通り階下に降りていくと、そこには久々にまともに見た気がする将の兄がいた。
「お早う」
「あ、おはようございます・・」
 いつも小奇麗な格好をして甘く微笑む功は、竜也にも優しく笑いかけてくれる。
「最近は将と食べてくれてるんだって?ありがとう」
 もう食事は終わったらしい功に微笑まれて、竜也は恐縮してしまう。自分は居候なのだし、一緒に食べるくらいで礼を言われるような身分ではない。
「いえ、そんな・・・」
 恐縮する竜也にもう一度微笑んでから、功は竜也の食事を運んできた将に告げた。
「クリスマスまで忙しくなるから、帰って来られない日も出てくるからな」
「分かってるよ。無理はしないでね」
 将もまた同じような面影を宿して優しく兄に微笑むと、功は頷いて席を立った。
 それを見送りながら、竜也は功の仕事はクリスマスが忙しいのかとぼんやり思った。竜也は功の仕事を詳しくは知らない。
 夕方でかけて明け方帰ってくるのだから、酒場か何かだろう程度にしか考えていなかったが、それこそ他人様の家の事情なので、聞こうとも思ったことは無い。
「水野君、冷めるよ?」 
 将が声を掛けてきて、竜也は我に返る。そして勧められるままに席に着いた。
「いただきます」
 食べながら、竜也はシゲのところに謝りに行こうかと考えた。


 しかし、いざとなると、どうしていいのか分からない。
 竜也は、通い慣れた店の脇にある木の階段を無言で見つめ続けていた。
(帰ろうかな・・・)
 やめておいた方がいいかも知れない。これ以上シゲの私生活に踏み込まないほうがいいかもしれないし、ましてやシゲが部屋にいるとも限らない。
(でも・・)
 昨日のシゲの様子を思い出すと、もしかしたらもう竜也との付き合いをやめようと思ったのではないかと考えてしまう。
 それは、嫌だった。
 それを思って、そんな自分に驚かないわけではなかったけれど、確かに自分はシゲとホームズと自分がいる空間が気に入っているのだと自覚した。
「・・・・よし」
 一言自身に気合を入れると、竜也は足を踏み出した。階段を軋ませて一番上まで上ると、深呼吸をして扉に手をかけ・・・。
「うそ」
 鍵が、掛かっていた。
 こんな、今にも壊れそうな階段が付けられている扉に、まさか鍵はきちんと掛けられているなんて思いもしなかったので、竜也は心底驚愕して、そして途方にくれた。
「竜也?」
 やはり帰ろうかと思った矢先、階下から声を掛けられて竜也は顔を上げた。
「何してんの」
「翼さん・・・」
 昨日いつの間にか消えた翼が、怪訝そうに竜也を見上げていた。
 そのまま軽く軋んだ音をさせながら翼は階段を上って来て、竜也の一段下で立ち止まる。
「シゲ?」
 それだけを尋ねる翼に、竜也も頷くだけで答える。
 翼は、そんな竜也を見て内心拳を握らない訳にはいかなかった。
「鍵かかってんだろ?」
 ちょっと退いて、と言うと、翼は竜也に背を向けて鍵穴にピンのようなものを差し込んだ。
「翼さんは、何で・・?」
 翼は鍵穴を覗き込むようにしながらピンを動かす。
「柾輝に用事。お前は?シゲに朝早くから用事?」
 早い時間帯では無かったが、普段朝からシゲが動いているのを見たことが無い翼は、竜也にそう尋ねた。
「昨日の、謝ろうかと思って・・・」
「は?」
 自分がシゲを不機嫌にしたことで、竜也と喧嘩でもしたのかと思って聞き返すと、竜也は昨日不機嫌そうにシゲが帰ったのは自分が絵のことに触れてしまったからではないかと思ったのだと言った。
「・・・・・まぁ、当たらずとも遠からずだろうけど・・っ」
 カチャ、と音がしたかと思うと、扉が開いた。
「いつもこうしてるんですか?」
 呆れ半分感心半分で竜也が尋ねると、翼はさらりと、
「柾輝に習ったんだよ。ここには合鍵なんて洒落たものは無いからさ。そもそも鍵を掛ける必要性すら無いってのにさ」
 面倒だと言いながら唇を尖らせる翼に、竜也は思わず笑ってしまう。
「まぁいーけど。ほら、シゲの部屋、教えてやるよ」
 二人が建物の中に入ると、シゲが言っていた通り屋外よりも暗くひやりとしていて、どこかかび臭かった。
 そのまま暗い廊下を歩き、翼は一番奥の部屋の前で立ち止まり、ここがシゲの部屋だと教えてくれた。
「多分、寝てると思うんだよなぁ・・・」
 翼が独り言のように呟いて扉に手を掛けると、それは何の抵抗もなく開いた。
「翼さん・・っ?」
 そのまま入ろうとする翼を竜也は制止しようとするが、翼は笑って平気だってと言うと、そのまま中に入ってしまう。
 何となく後には続けなくて竜也が廊下で立ち尽くしていると、すぐに翼の、
「あれぇ?」
 という声が聞こえた。
「いないわ、あいつ。来いよ」
「え?」
 いないなら尚更入らないほうが良いような気がしたが、呼ばれてしまったので仕方なく竜也は中に入る。
 入ってすぐにある棚のせいで、扉は途中までしか開かないようになっていた。それを丁寧に閉じてから、竜也は部屋の中に入る。
「どこ行ったんだぁ?」
 翼が部屋の真ん中で髪を掻き上げて首を傾げる。その翼の前には、一枚のキャンバス。
「それ・・」
 竜也は思わずドキリとした。もしかして、と。
「あぁ、あいつの絵だねぇ。結構高く売れるんだよ、あいつの絵。これも結構いいとこいくんじゃない?」
 あっさり翼は肯定して、見る?とまるで自分のものに対するかのように竜也を手招く。
 シゲが自分に絵を見られたくなくて、それでそのことを隠していたのかもしれなくて、自分はそのことを謝りに来た筈だと分かってはいたが、竜也は湧き上がる好奇心に抗いきれなかった。
 世界は自分が思っているよりもずっと派手なのだと笑ったシゲが、どんな目でこの世界を見て表現するのか知りたかった。
 そして。
「・・・・え?」
 竜也は、白いキャンバスに広がる世界に目を疑った。
 竜也も見たことがある有名な絵画『裸婦の微笑み』が、そこには描かれている。
「巧いもんだよな?騙されるのも分かるっていうか?」
 翼がそんなことを言ってきて、竜也はその意味を上手く理解できない。
「何で?だって、これ、模写、でしょう・・?売ったり、できない筈じゃ・・?」
 竜也の足元には、一冊の本が転がっている。開かれたページには、大きく『裸婦の微笑み』が載っている。シゲがこれを参考にしたのだろう事は一目瞭然だった。
「あれ?知らなかった?あいつがどうやって稼いでるか?」
 翼は白々しく苦笑する。
 竜也は必死で頭の中身を整理しようと努めた。
 この絵は、シゲのオリジナルではなくて、模写で、でも、模写でも確か、模写だってことを公表してれば売ってもいい筈で。
 でも、翼は今何て言った?
 ”騙されるのも分かるっていうか?”
 誰が、誰に、騙される?
「竜也?」
 大きめの声の翼の呼びかけにも応えない竜也の顔色は、気温のせいでなく白くて、翼は思わずキャンバスを見つめた。
(相変わらず見事だね)
 バンッ!!ガンッ!!!
 凄まじい衝突音がして、二人は一斉に音のほうに振り返る。
 そこには、勢い良く扉を開け放ったこの部屋の主人であるシゲが、眉を吊り上げて立っていた。
「翼、おんどれ・・・っ」
 搾り出すようにして吐き出された声は、激しい怒りを凝縮したような呻き声だった。
 



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あ〜〜〜、ばれちゃった!いたたたたたっ!!の回。(意味不明。
でも次回からは、更に痛い気がする。
だってばれたし。

それにしても疲れた・・っ、長い・・っ。大勢出過ぎ!!(自分に怒り。
翼、本気で悪の親玉化・・・・・。ファンの方に怒られるんじゃないかなぁ・・・。
私も翼ファンなんですけどね!!(痛。