夢を見た。 ホームズがシゲと遊んでいた。 そして二人して、"好きだ"と言ってくれた。ホームズは犬なのに。 可笑しくて笑った。 目が覚めて、水野は緩慢な動きで起き上がった。こめかみがズキズキして喉が乾いていて、それは泣いたせいだと気付くと、何だか酷く恥ずかしかった。 シゲが来てくれて、ホームズの写真を見た後に突然、"ありがとう"と言った。それは確かにシゲの声以外の何物でもなくて、そんなこと分かっていたのに、何故だか胸が詰まった。 ホームズに、そう言って貰えている様な気さえした。"好きだ"と"幸せだ"と告げてくれた。シゲの言葉なのに、ホームズの言葉のような気がして涙が溢れてしまったのだ。 (何やってんだろ、俺) 一人赤面しながら水野はベッドを降りる。外はもう薄暗くて、カーテンを閉めて電気を点けた。時計を見ると午後六時。一時間ほど眠ってしまったらしい。 「あれ」 大して広くも無い部屋を見回して、水野はそこに居るべき人物がいないことに気付く。シゲの姿が無かった。 階下から、包丁を使う音が聞こえてくる。母親が帰ってきたのだろうか。 (もう?) 頭の中をクエスチョンマークで一杯にして、水野はリビングに降りていった。 リビングから続くキッチンに居たのは母ではなかった。最近全く目にしなかった金髪が、ほんの半年前の光景と変わらずそこにあった。 「起きた?」 シゲは人参の皮をむきながら、振り返らずに声をかけてくる。水野は短く返事をして、リビングのソファに居心地悪そうに座った。 「留守電入っとるよ」 背を向けたままシゲが包丁で電話機を指す。水野からも赤い点滅が見えた。立ち上がって再生を押すと、メッセージが入っていることを告げる無機質名女性の声の後に、信じられないくらいの声量でがなる集団からのメッセージが入っていた。 「・・!?」 信じられなくてただ呆然としながら、水野は立て続けに入れられた三つの留守電を聞き終える。終わった後、余りの騒がしさにいったん再生を止めて、大きく息を吐いた。 「何これ・・・」 途方にくれたような声音に、シゲが喉奥で笑う声がした。見ると肩を震わせながら人参を切っている。 「何て、皆心配しとるんやないの。良かったな、愛されとって」 笑いをこらえるシゲを睨み付ける水野に気付いているのかいないのか、シゲはこうも続けた。 「ま、たつぼんに愛されてるんは、俺だけやけどな」 「・・・何言ってんだ」 半眼で呻く水野に、シゲは再び電話機を指す。 「せやかて、入ってんねんもん♪」 「何が」 「聞けばわかるて」 何やら楽しそうなシゲに刺すような視線を送りながら、水野は再び再生ボタンを押す。そして流れてきた孝子からのメッセージに真っ赤になって、聞いた直後それを消去した。 「あーあ、何すんの自分。もったいない」 残念そうな声を上げるシゲ。 「うるさい、馬鹿!」 高潮した頬をさらに染めて水野は怒鳴る。するとふいにシゲが振り返って、ニ、と口の片端を上げて笑った。 「やっとたつぼんらしくなったな」 そしてまたまな板に視線を戻して、鼻歌交じりに包丁を使い始める。水野はその背中を見つめながら、何とか話題をずらそうとする。 「何でお前が飯作ってんの」 「真理子さんから電話あってん。遅くなる言うから、ほんなら俺が作ります言うといた。喜んでたで、真理子さん。俺が京都戻ってから、自分が遅くなる日はたっちゃんカップラーメンとかしか食べないのよ〜て嘆いてたし。スポーツ選手目指すなら、ちゃんとしたもの食いや」 水野が、手の方は感心してしまうほど不器用なことを知っていながらそんなことを言うシゲ。水野はふてくされたように言い返す。 「苦手なんだよ」 「誰か呼べばええやん。それこそポチとか。あいつも料理上手いやろ?兄さんと二人暮らしなんやし」 水野が自分以外を呼べば拗ねたり怒ったりしていた男が、どの面下げてそんなこと言っているのか。水野はいささかむっとして応えなかった。するとシゲは水野の考えが分かったかのように、金髪を揺らした。苦笑したのだろう。 「そりゃ、俺が側におられるんやったら話は別やけど。おられんのやから、しゃあないやん」 水野は尚更何も言えなくなった。言えなくなって、ただシゲの背中に腕を伸ばす。けれど胸に腕を回すなんてこともできなくて、水野は片手の手の平をそっとその背中に押し当てた。 「分かってる・・・。ごめん」 「何、急に」 視線だけ振り返ったシゲに、水野は薄く笑う。 「俺、お前に甘えてばっかりだな。ごめん、分かってるんだ。お前はもう前みたいにいつでも側に居るわけじゃなくて、俺の世話ばっかり焼いてるわけにもいかないんだってこと位。今みたいなことあった時に、頼れる奴を他に近くに作らなきゃ、て思ってるんだけど・・」 うまくいかないんだ。 その言葉は発せられなかった。シゲが包丁を置いて、身体を反転させて水野にキスをしてきたから。 軽く掠めるようなキスの後で水野が目を開けば、目の前でシゲの瞳が笑っていた。 「駄目やな、俺。それも我慢できそうに無いわ」 自分以外に水野が弱い面を見せる人。そんな相手が水野にできたら、たとえ友情だろうとぶち壊しに来るだろう。その自信が情けないほどたっぷりあった。 「何それ・・」 水野は苦笑する。久々のシゲのキスに、水野の心には昼間とはまるで違って温かいものが広がっていた。 「側にはおられん。せやけど、ほんなら呼んでくれればええわ。電話でも手紙でもメールでもして、どんなことでも言ってくれればええよ。今回みたいにどうにもならんかったら、来るから。学校なんかサボって」 野菜を扱っていたせいか少し冷えているシゲの手が、水野の頬を撫でる。水野は猫のように目を細めた。 「変なの。何そんなにいい人ぶってんの、今日は」 「久々やし、たつぼんが泣いてくれたから」 シゲも酷く穏やかな声音になる。 「言ってろ」 今度は水野から顔を寄せてキスをした。 |