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         充電







 


喧嘩をした。
 今まで通りのくだらないきっかけに、俺がいつものようにムキになり過ぎて、そしてやっぱりシゲを呆れさせた。
『もうええわ』
 違うのは、その最後の一言が電話越しだったこと。
 途切れた会話の後二人の間にあるのは、居心地の悪い無言の空間ではなくて、ツーツーツーという、無機質な電子音。
「何がいいんだよ、馬鹿」
 通話ボタンをOFFにする。途端に蘇ってくる、居間のテレビの音や母たちの笑い声。
 ブツ切れにされた、シゲとの空間。

 喧嘩をした。
 今まで通りの下らないからかいに、竜也がいつものようにブチ切れて、そしてやっぱり切り上げたのは俺のほう。
「もうええわ」
 違うのは、言った瞬間に見られる筈の、不安げに揺れる竜也の瞳が見られないこと。
 少し俯いて、唇を噛み締める。そんな竜也の姿の代わりに、今視界には庭に咲き誇る季節の花が映る。
『シゲ』
 開け放たれた窓から耳に入る、風が葉を揺らす音に混じって、竜也の馴染んだ声が耳を掠めた気がして、俺は苦笑する。
 引き伸ばされた、竜也との距離。

 顔が見たい。
 皮肉な笑顔とか、呆れた顔とか。そして、名前を呼ぶと向けてくれる、ちょっと困ったような優しい顔とか。

 顔が見たい。
 眉間にしわ寄せてる顔とか、精一杯強がる顔とか。あと、名前を呼んでくれる時の、透けそうに柔らかな笑顔とか。

 相手の瞳に当然のように自分が映っていたあの頃は、いつだって、触れて謝れる距離に居た。



 久々のU-16の合宿。
 各地から集まるメンバーの中でも、あの目立つ金髪はすぐに見つけられる。
(髪、伸びたな)
 最後に会った時から、多分二ヶ月近くしか経っていないけれど、やっぱりどことなく違って見えた。
(早く、声かけないと・・・)
 先々週、電話越しに喧嘩したままだ。何となく電話は掛け辛く、メールではさすがに失礼だと思う。だから、今回の合宿しかチャンスは無い。

 約二ヶ月ぶりに竜也を見た。
 前よりも周囲に打ち解けてきているようだ。表情が柔らかい。
(良かったなぁ・・・て、ちゃうやろ俺。早いとこ捕まえて、謝ってしまわんと・・・)
 卒業して進路が分かれる前から、二週間連絡を取らなかったことなど、ザラにあった。しかし、その理由が”喧嘩しているから”と、”用事が無いから”では、精神衛生上大きく違う。
 しかも今までみたいに、毎日顔を合わせている中で謝るチャンスを窺う、などということも不可能になってしまったのだから。



「・・・・」
 休憩時間。竜也は芝生に寝転がり、視線を忌々しそうにシゲのほうへ向ける。
 シゲは体力が余っているのか、何人かのメンバーとミニゲームをしている。
(くっそ、人の気も知らないで・・・)
 声をかけようと何度か試みた竜也だったが、どうしてもタイミングを外してしまう。元来、どこででも人付き合いの上手いシゲは、当然この合宿メンバーとも仲が良くて、常に誰かに話しかけられていた。
(ばかシゲ・・・)
 竜也が恨めしそうにシゲを睨みつけているうちに、他のメンバーに飛びつかれて、竜也は大きな叫び声を上げた。

 シゲはボールを追いかけながら時折、少し離れたところで休憩する竜也のほうへ、ちらりと視線を向ける。
 合宿が始まってからずっと、竜也を眼で追ってはいるのだが、どうも二人になるチャンスが無い。竜也はシゲが思っている以上にこの合宿メンバーに親しんでしまったらしく、なかなか一人になってくれないのだ。
(ま、たつぼんに人気が出るんは、当然やけど・・・)
 思わず頬が緩みかけた時、誰かが竜也に抱きついたのが見え、シゲのシュートはゴールポストに凄まじい音を立ててぶち当たった。



「ちょお、顔貸せや」
 合宿最後の夜。竜也の部屋に来て、シゲはいきなり竜也の胸倉を掴み上げて、そう切り出した。
「え。あ・・・」
 そのまま、竜也の襟を放して廊下に出てしまうシゲ。竜也は、心配そうな視線を送ってくる同室のメンバーに適当に笑って、シゲの後を追う。
 賑やかな声の漏れ聞こえる部屋の前をいくつか通り越し、合宿所に二つあるうち、どの部屋からも遠くてあまり使われない方の階段の踊り場まで来て、シゲは足を止めた。
 シゲは無言で何段か降り、腰を下ろす。竜也もそれに倣って、シゲよりも一段上のステップに腰を下ろした。
「えっと・・、シゲ・・・?」
 何か言わなければと焦る竜也をよそに、シゲは身体をねじって竜也に向けると、そのまま深く頭を下げた。
「すまん」
「え」
「この間は、すまんかった」
「あ、えっと・・」
 竜也も慌てて頭を下げ返す。
「俺も、ごめん」
 二人して薄暗い階段に座り込んで頭を下げ合う姿というのは、想像してもおかしくて、二人は顔を上げて同時に小さく噴き出した。
「ごめんな」
 微かに噴き出した後で、竜也は一度唇噛んでから、再度謝った。
「俺、もっと早く謝らなきゃって思ってたんだ。ごめん、ごめんな」
「ええよ。俺かて、おんなしや」
 シゲは腕を伸ばして竜也の肩を引き寄せ、首に腕を回す。不安定な体勢になってしまいながら、竜也はシゲにもたれかかるようにして体重を預ける。
「電話も、何度も掛けようと思ったんだ。でも、電話して、すげぇ不機嫌に出られたらどうしようとか、そもそも着信拒否とかされたらどうしようとか、でも、メールはさすがに失礼だしとか、顔みたいなとか思ってたら、できなくて」
 シゲの肩にもたれかけさせた頬に、竜也はシゲのピアスの硬い感触を感じる。
「俺も。会いたかってん。けど、遠いしな」
 静かな声が、竜也の身体に染みてくる。
 竜也はその体勢のまま、シゲの隣に移動しようとする。シゲは腕を解いて、竜也がこちらに向き直るのを待ってから、再び竜也を抱きしめた。
「慣れなきゃ、な」
「せやな」
 竜也もシゲの背中に軽く腕を回しながら、シゲの鎖骨辺りに額を擦り付ける。
「けど、今もーちょっといい?」
 耳元にシゲの笑ったような吐息がかかったけれど、シゲも竜也の後頭部に頬を擦り付けてきた。
「甘ったれたボンやなぁ」
「いいじゃん、充電」
 きついわ、と文句を言うシゲをまるきり無視して、竜也は力一杯シゲを抱きしめる。
 同じように抱き返してくれる腕の強さと、体温の熱と、匂いと声。全部全部、吸収しきってしまいたかった。
 けれど明日、合宿が終わって解散の声がかかった途端にきっと寂しくなって、その後数秒で今のこの充電なんて使い切ってしまうんだろうなと、竜也はぼんやりと思った。
 
 

















サッカーの仕組みを全く理解しておりません。ので、U-16についても適当です、ええ、当然。なので、突っ込みがありましたら、教えてください・・。苦笑。
微妙に中途半端にシリアスな話になってしまいました・・・。うーん、反省。しかもこれ、おまけ があったりなかったり。続けちゃうと、更にシリアスさが微妙になるので、続けられなかったってだけなんですけどね。
興味のある方は、覗いて見て下さいナ。